第10話 もうじき家族に

文字数 448文字

 ただ、それぞれの家風にもよるのだろうが、父は忙しかったし、養母は作法に厳しかった。
 だから昨夜や今朝の天宮家のように家族でにぎやかに食事をしたという記憶が伊織にはない。
 継母の霧江は立派だったと思う。
 もともと霧江の侍女だった母が死ぬと、庶出の自分を屋敷に引き取り、育ててくれた。
 武芸も学問も実子の兄と分け隔てなく習わせてくれたし、理不尽な仕打ちなど一度も受けたことはない。
 たったひとつ違っていたのは、兄に対するように笑いかけて抱きしめてはくれなかったことだ。
 子供の頃は寂しかったが今ならわかる。自分の立場で、血のつながらない霧江に愛情まで望むのは無理というものだ。
 つと桜花は足を止め、伊織もつられて立ち止まる。
 桜花は伊織を見上げ、優しく頬にふれた。
「もうじきわたしたちは家族になるわ。毎日話して、笑って、一緒に食事ができるわ」
 桜花の手に自分の手を重ね、伊織はうなずいた。
「そうだな」
 さっきまで涙ぐんでいた桜花はにっこりと笑い、二人はどちらからともなく手をつないで再び歩き出した。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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