第95話 帝の御子

文字数 700文字

 その日も九条軍はいつものように埋葬のための穴を掘っていた。
 もちろん隼人も例外ではない。
 副将たちはこぞって反対したが、元々言い出したのは自分なのだから、部下たちだけに任せてそ知らぬ顔はできない。
 今日の弔いをすませ、街道沿いの湧水で手と顔を洗う。慣れない穴掘りで凝った肩をぐるんと回し、無人となった店の軒先に腰を降ろした矢先。
「殿!」
 ひとりの若い兵が弾んだ声を上げ、駆け寄ってきた。隼人の前まで来ると立ち止まり、眼を輝かせて訊いてくる。
「殿が帝の御子であられるという噂は本当でございますか⁉」
「は?」
 突拍子もない質問にきょとんとしていると、後から和臣があわてて追いかけて来る。
「待て待て、違うと言うのに!」
 和臣は胸に手を当てて、申し訳ございませぬ、と頭を下げる。
 どういうわけなのかと隼人がたずねると、実は、と和臣は語り出した。
 ことの起こりは兵たちの素朴な疑問である。
 ──なぜ、わが殿は総大将に疎まれておられるのですか? そもそも柊蘇芳さまと殿はお知りあいなのですか?
 帝の甥と言えば天上人だ。事情を知らない兵たちが不思議に思うのも無理はない。
優華(ゆうか)さまのご出自については城仕えの者なら承知しておりますが、いきさつを知らぬ地方出身の者も多く、きちんと説明したのですが、いつの間にか話に尾ひれがついてしまい……」
「なるほど。しかしまた、ずいぶんと大きな尾ひれがついたものだね」
 当の本人は感心した口調で、目の前に立つ朴訥(ぼくとつ)な兵に笑いかける。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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