第8話 枕を並べて

文字数 513文字

 やっと祖父の言わんとする意図が察せられて、桜花は耳たぶまで真っ赤になった。
 片や気持ちを落ち着かせようと湯呑みに口をつけていた伊織は、思いきり抹茶にむせる羽目になる。
「伊織、大丈夫 ⁉」
 派手に咳こむ伊織の背中をかいがいしく桜花がさする姿は、すでに夫婦(めおと)のようだ。
「しきたりは守らねばならん。そなたたち、まさか、もう…… ⁉」
「め、めっそうもございません!」
 疑いのまなざしを向ける十耶に、口もとをぬぐって伊織は必死に弁明する。
「桜花の立場は充分に承知しております。巫女の座を降り、きちんと祝言を挙げるまでは、誓って不埒(ふらち)な真似はいたしませぬ!」
「よくぞ申された!」
 絶妙の間合いで、十耶がぽん、と手を打つ。
「その言葉を聞いて安心しましたぞ。これで懸念は無くなりもうした」
 まだ苦しげに胸もとを叩く伊織をよそに、祖父は満足げに茶をすする。
「伊織どの、今夜は泊まっていかれるのであろう? 我らはやがて身内となる間柄。枕を並べ、この爺とゆっくり語りあかそうではないか」
「はあ……」
 ひどく咳こんで声をからせた伊織は、力なく返事をした。
 伊織が愛しく思うのは、あくまで桜花というひとりの娘なのだが、やはり事は簡単に進みそうもなかった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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