第80話 婚約しようとした矢先

文字数 580文字

「いかがですかな。わたしは瀬奈どのの意に沿いましたか」
 この縁談の決定権は家でも自分でもなく、瀬奈にある。何度目かに会った時に和臣がたずねると、瀬奈は、はい、とにっこりした。
「和臣さまとお会いできてよかったと思います」
 瞳を見かわし、和臣は微笑した。
 まんまと母のお膳立てに乗せられたような気もするが、この娘となら共に暮らすのも悪くない。
 突然に羅紗行きが決まったのは、正式に婚約しようとした矢先だった。
 婚約を延ばし、見送りもいらぬと断ったのだが、瀬奈が出港直前に駆けつけて来たのは伊織も知っての通りだ。
「わたしのことより、そちらはどうだ? 桜花どのは見事に舞いを奉納されていたが、おかげで祝言が延びてしまったのだろう」
「いえ、どちらにしても後任の者がまだ決まっておりませんので……。桜花は俺が帰ってくるまでには、必ず探しておくと言っていましたが」
「では、この戦が終わったら、わたしの方が先に祝言を挙げることになるかもしれないな」
「順序からすれば、兄上の方が先でよろしいかもしれません」
「祝言、か」
 思惑ありげに和臣はつぶやいた。
「祝言を挙げるとなれば、二人にも出席してもらいたいが、桜花どのは本当にわたしを許してくれているだろうか……」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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