第74話 労働で
文字数 657文字
「まあ、そのうち慣れて楽になるとは思いますが……」
兼光が気の毒そうにつぶやいた。
曽我水軍の者はこの程度の波と揺れなどものともせず、草薙の将兵の背中をさすってやったりと、介抱しているありさまだ。他の船に乗りこんだ者たちも同じような状況だろう。
その中で隼人はいたって元気だった。
眼を輝かせて珍しげに船の中を歩き回り、帆を張るさまを最初から最後までじっくりと眺め、船酔いなどしている暇はないといった調子だ。
そんな様子を見るにつけ、兼光はやはりこの若者を婿にしたかったと、ひそかに臍 を噛んだ。
だが、いくら望んでも隼人にはすでに正室がおり、しかも仲睦まじいという。孫娘の茉莉香を側室にさせるわけにはいかず、世の中とはうまくいかないものだ。
「曽我さま」
名を呼ばれて兼光は、はっと我に返った。
「何ですかな」
「船底に行って、櫓を漕いでみたいのですが」
突飛な申し出に兼光は眼を丸くした。
「なんと、大将自らが水夫に混ざって櫓を漕ぐと仰せか⁉」
隼人はにこっと笑顔をむけて、
「せっかくの機会ですから、やってみたいのです。そもそも船賃は労働で、とおっしゃったのは曽我さまではございませんか」
「それは兵卒の話でござる。九条軍の将に櫓を漕がせたとあっては……」
「将などといっても小さな部隊です。威張れるようなものではありません。足手まといにならないよう気をつけますので、ぜひやらせてください」
兼光が気の毒そうにつぶやいた。
曽我水軍の者はこの程度の波と揺れなどものともせず、草薙の将兵の背中をさすってやったりと、介抱しているありさまだ。他の船に乗りこんだ者たちも同じような状況だろう。
その中で隼人はいたって元気だった。
眼を輝かせて珍しげに船の中を歩き回り、帆を張るさまを最初から最後までじっくりと眺め、船酔いなどしている暇はないといった調子だ。
そんな様子を見るにつけ、兼光はやはりこの若者を婿にしたかったと、ひそかに
だが、いくら望んでも隼人にはすでに正室がおり、しかも仲睦まじいという。孫娘の茉莉香を側室にさせるわけにはいかず、世の中とはうまくいかないものだ。
「曽我さま」
名を呼ばれて兼光は、はっと我に返った。
「何ですかな」
「船底に行って、櫓を漕いでみたいのですが」
突飛な申し出に兼光は眼を丸くした。
「なんと、大将自らが水夫に混ざって櫓を漕ぐと仰せか⁉」
隼人はにこっと笑顔をむけて、
「せっかくの機会ですから、やってみたいのです。そもそも船賃は労働で、とおっしゃったのは曽我さまではございませんか」
「それは兵卒の話でござる。九条軍の将に櫓を漕がせたとあっては……」
「将などといっても小さな部隊です。威張れるようなものではありません。足手まといにならないよう気をつけますので、ぜひやらせてください」