第129話 猫の手扱い

文字数 666文字

 伊織に背中を押され、桜花は遠海行きの同行を願い出たが、到着した浜辺は想像していた以上の惨状だった。
 すでにいたる所に救い小屋が建てられていたが、それでも中に入りきれない者たちが建物の陰で海風を避けている。
 さながら戦場のように騒然とした中で、桜花は祖父の姿を探した。
 注意深く人々の間をぬって歩き、何軒目かにのぞいた小屋に祖父はいた。横たわる者たちをひとりひとり丁寧に診て回っている。
 祖父はかつては神官であったが、薬草の知識が深く優れた薬師でもあるのだ。
 この小屋では怪我人より病にかかった者たちの手当てをしているようだった。彼らは慣れぬ異国での暮らしと戦で疲弊し、体を壊してしまったのだろう。
「おじいさま!」
 病人の気に障らぬよう、小声で祖父を呼ぶ。
 振り返った祖父は桜花を見て瞠目(どうもく)した。
「桜花……そなた、伊織どののそばについていなくてよいのか?」
「大丈夫ですわ、おじいさま。伊織に言われて来ました。自分よりもわたしの力を必要としている人々がいると」
 さようか、と祖父は眼を細めてうなずいた。
「さすがは伊織どの。まこと、わが孫娘はよき相手を伴侶に選んだものじゃ」
 伊織と、ついでに自分まで褒められて頬を染める桜花に、
「正直、そなたが来てくれて助かった。猫の手も借りたいほど忙しいのでな」
「……」
 猫の手扱いされるのは、いささか心外であったが、とにかく桜花は祖父の手伝いを始めることにした。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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