第55話 猛勉強

文字数 647文字

 真砂(まさご)から戻ると、隼人は書斎──例の掘っ建て小屋にこもり、改めて羅紗国について猛勉強を始めた。歴史、文化、習慣、言葉などについてである。
 羅紗国は一千年以上の歴史を持ち、歴代の王朝は変わっても独自の文化と伝統を守り続けている。
 この度、帝が強硬策に出た原因のひとつは、羅紗の鎖国政策にあった。
 長い間、羅紗は国を閉ざしており、帝は幾度も交易の道を開いて欲しいと使いを出していたが、一度も返答はなかった。
 それどころか今回の使者は国王に拝謁もできずに追い返され、帝の逆鱗にふれたのである。
 そこに帝の信頼も厚い、甥の柊蘇芳が登場してくる。
 野心家で勇猛な武人である蘇芳が、海外にも領土を広げたいという帝の望みに火をつけたのは、想像に難くない。
 (いくさ)は嫌なものだが、自分に止める力がない以上──やむを得ない。
 自分にできるのは、かの地に渡ってから、できるだけ早く戦を終わらせる方策を探すことだ。
 その目的のためにも、現地で無用ないさかいを避けるためにも、言葉は必要だ。
 とはいえ羅紗の言葉は表記も発音もひどく難しい。自分たちの使っている言葉とはまったく異なっている。
 記号にしか見えない羅紗の文字を眺め、隼人は口の中で小さくうなった。この言語を学ぶのは苦労しそうだ。
 誰か師でもいればよいのだが、あいにく羅紗の言葉を知る者は周囲におらず、独学にならざるを得ない。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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