第127話 藤音の決断

文字数 795文字

 沈黙する家臣たちの中で、藤音は懸命に考え続けた。隼人なら簡単にはあきらめないだろう。何か手だてがあるはずだ。
 ふと藤音は自分の着ている打掛に眼を止めた。金糸や銀糸で刺繍の入った豪奢なものだ。
 とたんに妙案が閃いた。
「では、わたくしの着物や装飾品を売りましょう。当面の資金にはなるはずです」
 輿入れの時、父が持たせてくれた着物はどれも豪華なものばかりで、かなりの値がつくはずだ。
「なんと、奥方さまがご自分の着物を?」
「しかしそれでは外聞が……」
「外聞など気にしている場合ではありません。すぐに出入りの呉服商を呼んでください」
 それだけ言うと藤音は会議の終了を告げ、急ぎ自分の部屋に戻っていった。呉服商が来るまでに整理しておかなくてはならない。
 藤音の決断に天を仰いで嘆いたのは如月である。
「まあまあまあ……何ということでしょう。いくらお城の金庫が空とはいえ、なぜ藤音さまがご自分のお衣装を手放さねばなりませんの⁉」
「わたくしが自分で決めたのよ、如月」 
 悲嘆にくれる如月をなだめつつ、長持ちから着物を出して並べていく。
 てきぱきと動いていた藤音の手が一枚の小袖の前で止まった。桜色に白抜きの小花模様の優しい色合いだ。
 そうだ、一番気に入っている小袖と打掛は残しておこう。隼人が帰ってきた時に、それを着て出迎えるために。
 あとは必要最低限なもの以外、換金してしまおう。
 かくして藤音は惜しげもなく自分の着物と装飾品の大半を売り払ってしまった。
 領主の奥方が民のためにここまでやっているのでは、他の武家の奥方や城の侍女たちも知らんふりはできない。
 国中の女たちがそれぞれに何かを換金しては、城へと送ってきた。今、遠海で苦しんでいる兵は、自分の夫や息子も同然なのだ。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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