第143話 女の戦

文字数 637文字

「桜花さま、お願いがございます。どうか藤音さまのおそばについていていただけませんでしょうか」
 如月の頼みに桜花は躊躇する表情になった。祖父の手伝いも忙しく、ようやくひとくぎりついたところを館まで駆けつけてきたのだ。
 如月は桜花のためらいを察したように、
「祖父どのにはわたくしからお頼みいたしましょう。傷病者の手当ても大切なれば、館から手伝いの者をさしむけます」
 何としてでも守らなくては。藤音と、生まれてくる赤子を。
 隼人が行方知れずの今、藤音のお腹の子は草薙にとって大きな希望なのだから。
 しかし、このままでは藤音は食事も満足に取れず、子供ともども弱ってしまう。桜花の持つ癒しの力が必要なのだ。
「男には男の(いくさ)があるように、女には女の(いくさ)がございます。今、藤音さまをお守りできるのは桜花さましかおられませぬ」
 如月の言葉に重なり、伊織の言葉が甦ってくる。
 ──俺よりもっと桜花の力を必要としている者がいるはずだ。
 胸の内でその言葉を何度も転がし、桜花はきゅっと手を握った。離れていても伊織はいつも勇気をくれる。迷う背中を押してくれる。
 祖父も言っていた。この力は切り札だと。
 桜花は決心した。今は自分にできる最善のことをしよう。
 顔を上げ、まっすぐに如月に瞳を向けて、こくりと首を縦に振る。
「わたくしにできる限り……全力を尽くします」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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