第88話 武将の矜持

文字数 727文字

 蘇芳の気性を考えると意外な気もしたが、よく考えればわかることだった。
 別に蘇芳はこの国の民に慈悲をかけたわけではない。己の武将としての矜持ゆえであった。
 戦えぬ者を斬っても手柄にはならぬ。それにいずれこの国は倭国のものとなる。
 民衆に憎まれていたのでは統治がやりづらくなると、冷徹に計算したのである。
 ただし抵抗する者に対しては容赦しなかった。
 降伏勧告を拒否した城や砦はことごとく業火に包まれ、滅ぼされた。
 今やこの国全土に柊蘇芳の名は鬼神のごとく怖れられておりますぞ、と敷島は誇らしげに締めくくった。
 武勇に優れ、賢明でもある蘇芳は、確かに王の器なのかもしれない。
「あと話は変わりますが……」
「まだ何か?」
 いささかしゃべり疲れた様子で、敷島は隼人に視線を向ける。
「ここに来る途中、路地に兵の遺体が放置されていたようなのですが」 
 桟橋から宿舎となった建物に歩いていた時、眼にした痛ましい光景を隼人は思い返した。
 すると敷島はこともなげに、
「ああ、あれは羅紗の、敵兵の死骸でござる。ご安心めされよ。わが軍の死者はすべて丁重に弔いもうした」
「ですが、敵兵とはいえ骸を放置しておくなど……。死んでしまえば敵も味方もないのではありませんか?」
 敷島はうるさい若造だ、という眼つきをする。
「敵を弔ってやるなど、そんな甘さは、この敷島大吾にはござらん」
「しかし、あのままでは……」
 言いかける隼人をさえぎって、
「ご不満がおありなら、自分たちで葬ってやることですな。それより……」
 酒で赤くなった顔を近づけ、耳打ちしてくる。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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