第128話 布告

文字数 648文字

 そして藤音が着物を売った二日後には、急ごしらえの簡素なものではあるが、遠海の浜に最初の小屋が建てられた。
 時を同じくして藤音は国中の薬師に布告した。
 遠海の地に羅紗から多くの傷病兵が流れ着いている。財政困窮ゆえ、報酬は払えない。志ある者だけでも、この国難に力を貸して欲しい。
 呼びかけに応じ、領内の各地から多くの薬師たちが遠海に集結しつつあった。

 人々の行きかう物音で眼を覚ました伊織は、水差しを持って部屋に入ってきた桜花に問いかけた。
「どうかしたのか? 何やら城内があわただしいようだが」
「遠海の浜に傷病兵を乗せた船が何隻も流れ着いているの。藤音さまはその人たちのために救い小屋を建て、手当てすることをお決めになられたわ。ご自身も城から遠海の館へ移られるそうよ」
 桜花の言葉に伊織は微笑した。
「まるで隼人さまがおられるようだな。夫婦(めおと)とは似てくるものだと聞いたことがあるが、本当らしい」
 肘をついて上半身を起こし、伊織は桜花を見つめる。
「桜花は行かなくていいのか?」
「わたしは……」
 水差しを伊織の枕元に置き、桜花は口ごもった。伊織はためらう桜花に向かって手を伸ばし、優しく髪を撫でる。
「俺ならもう大丈夫だ。桜花は遠海に行くといい」
「でも……」
「俺よりもっと桜花の力を必要としている者がいるはずだ」
 逡巡する桜花を力づけるように、伊織は細い肩を包みこんだ。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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