第113話 散り椿
文字数 717文字
「──あ」
草薙にある九条の城の一室で、花を活けていた藤音は思わず声を上げた。
「いかがなさいました、藤音さま?」
隣で同じように花を活けていた如月が顔を向ける。
「花が……」
見れば、藤音の膝の上には椿の花が一輪、転がっている。
「さっきまでは何ともなかったのに、突然、ぽろりと落ちてしまったの」
如月はまあ、と軽く眉をひそめてみせた。
「でもお気になさることはございませんよ。椿の花はちょっとした拍子に落ちますから。首から落ちると言って嫌う者もおりますが、わたくしは好きですよ」
「ええ、そうね。わたくしも好きよ。厳しい真冬にこんなに鮮やかな赤い花を咲かせてくれるのだもの」
藤音は鋏を置き、窓の外に眼をやった。
どうしてか妙に心が騒いで落ち着かない。得体の知れない不安がのしかかってくる。
蒼穹を見つめる視線の先を隼 が一羽、軽やかによぎっていく。
藤音は思わず立ち上がり、空へと手を差し伸ばした。
隼人と同じ名を持つ鳥はさながら、かのひとの魂の化身のように思われた。
王宮の南の湿原では徐々にではあるが、霧が晴れようとしていた。
霧が晴れてしまえば、陸戦に不慣れな水軍の兵は容易には攻撃をしかけられない。
隼人があらかじめ指示してあった伝令は街道沿いの陣地までたどり着き、援軍を連れて戻ることに成功していた。
佐伯は有能な指揮官だった。九条軍が先鋒を務め、開いた突破口を無駄にしなかった。
あちこちで小競り合いを繰り返しながらも、倭国の軍は犠牲を最小限にとどめながら、撤退を遂行していった。
草薙にある九条の城の一室で、花を活けていた藤音は思わず声を上げた。
「いかがなさいました、藤音さま?」
隣で同じように花を活けていた如月が顔を向ける。
「花が……」
見れば、藤音の膝の上には椿の花が一輪、転がっている。
「さっきまでは何ともなかったのに、突然、ぽろりと落ちてしまったの」
如月はまあ、と軽く眉をひそめてみせた。
「でもお気になさることはございませんよ。椿の花はちょっとした拍子に落ちますから。首から落ちると言って嫌う者もおりますが、わたくしは好きですよ」
「ええ、そうね。わたくしも好きよ。厳しい真冬にこんなに鮮やかな赤い花を咲かせてくれるのだもの」
藤音は鋏を置き、窓の外に眼をやった。
どうしてか妙に心が騒いで落ち着かない。得体の知れない不安がのしかかってくる。
蒼穹を見つめる視線の先を
藤音は思わず立ち上がり、空へと手を差し伸ばした。
隼人と同じ名を持つ鳥はさながら、かのひとの魂の化身のように思われた。
王宮の南の湿原では徐々にではあるが、霧が晴れようとしていた。
霧が晴れてしまえば、陸戦に不慣れな水軍の兵は容易には攻撃をしかけられない。
隼人があらかじめ指示してあった伝令は街道沿いの陣地までたどり着き、援軍を連れて戻ることに成功していた。
佐伯は有能な指揮官だった。九条軍が先鋒を務め、開いた突破口を無駄にしなかった。
あちこちで小競り合いを繰り返しながらも、倭国の軍は犠牲を最小限にとどめながら、撤退を遂行していった。