第54話 本当の恋
文字数 605文字
「茉莉香姫──」
両手で顔をおおう姫に、隼人は優しく語りかけた。
「人には縁 というものがございます。姫ならば、わたしなどよりもっとふさわしいお相手がきっと現れましょう」
茉莉香はべそをかいていた顔を上げた。
「本当に、そう思われます?」
もちろんです、と微笑してみせる。
この少女が自分に寄せてくれているのは淡い憧れのようなものだ。いずれは姫も大人になり、本当の恋を知る時が来るだろう。
しばらくの間、庭の草花を眺めていた姫は思い切ったように唇を開いた。
「奥方さまはどのようなお方ですの? たいそう美しい姫君だという噂は、耳にいたしましたけれど」
隼人はしばし考えこんだ。藤音の人となりを説明するのは、いささか難しい。
「……とても情の深い人です。この度の羅紗行きも、悩んでいたわたしに心のままにするようにと言ってくれました。わたしがどのような決断を下そうと、沿うと。決して後悔などしないと」
愛されておいでなのですね、と姫は感慨をこめて告げた。
「到底、わたくしの入る隙間などありませんわね」
瞳をうるませながら、かろうじて微笑んでみせる。
「海風が強くなってきましたわ。中に入りましょう。茉莉香が美味しいお茶をたててさしあげます」
ひらりと着物の裾を返すと、姫は軽やかに歩き出した。
両手で顔をおおう姫に、隼人は優しく語りかけた。
「人には
茉莉香はべそをかいていた顔を上げた。
「本当に、そう思われます?」
もちろんです、と微笑してみせる。
この少女が自分に寄せてくれているのは淡い憧れのようなものだ。いずれは姫も大人になり、本当の恋を知る時が来るだろう。
しばらくの間、庭の草花を眺めていた姫は思い切ったように唇を開いた。
「奥方さまはどのようなお方ですの? たいそう美しい姫君だという噂は、耳にいたしましたけれど」
隼人はしばし考えこんだ。藤音の人となりを説明するのは、いささか難しい。
「……とても情の深い人です。この度の羅紗行きも、悩んでいたわたしに心のままにするようにと言ってくれました。わたしがどのような決断を下そうと、沿うと。決して後悔などしないと」
愛されておいでなのですね、と姫は感慨をこめて告げた。
「到底、わたくしの入る隙間などありませんわね」
瞳をうるませながら、かろうじて微笑んでみせる。
「海風が強くなってきましたわ。中に入りましょう。茉莉香が美味しいお茶をたててさしあげます」
ひらりと着物の裾を返すと、姫は軽やかに歩き出した。