第34話 貫いた恋

文字数 563文字

 にわか語り部となった伊織が紡いでいく昔話。
「先代の当主が都を訪れた折、偶然、優華さまと出会われました。されど地方の一領主と皇女、本来なら身分違いで終わるはずの恋でした」
 そこまでならば、よくある悲恋。
「ですが優華さまは違いました。ご自分の想いを貫かれた。父である帝を説き伏せ、自ら皇族の身分を降りられました。
 最初は強く反対されていた帝も末娘の願いをお聞き入れになったのです。
 先代が帰国される日、優華さまは身ひとつで駆けつけられ、仰せになられたそうです」

 ──今の優華には何もありません。身分も、地位も、財も。あるのはただ、あなたさまをお慕いするこの心だけです。それでもよろしゅうございますか?
 ──もちろんでございます。自分が愛したのは皇女さまではなく、優華さまご自身なのですから。

「先代はそのまま優華さまを伴って草薙へ戻られました。お二人は結ばれ、お生まれになったのが隼人さまです」
 伊織が語り終わっても、藤音も如月もしばらくは言葉が出なかった。
 沈黙の後、ようやく口を開いたのは如月だった。
「まあまあ、何と情熱的な。あの、のほほんとした、い、いえ、温和な殿のご両親にそのようないきさつがあったとは」
 どうして皆が蘇芳に気を使うのか、そもそも帝の甥がなぜ都から遠いこの地を訪れたのか、藤音はすべて納得がいった気がした。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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