第75話 好奇心

文字数 694文字

 言うが早いか、踵を返す。
「あ、隼人どの!」
 兼光が制止する暇もなく、軽い足どりで船底へと通じる階段を降りていってしまう。
 呆気にとられる兼光の背後で、
「ああなっては、誰にも殿を止めることはできませぬ」
 わずかに笑いを含んだ声がした。振り返ると、二人の若い侍が立っていた。
「そなたたちは?」
 問いかける兼光に二人は丁重に頭を下げた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。曽我さまにはこの度の羅紗行きに格別のお力添えをいただき、深く感謝いたします。われらは九条軍の副将を務める桐生元基が息子。わたくしは兄の和臣、隣は弟の伊織。殿の護衛の任についております」
「これは丁寧な挨拶、いたみいります。隼人どのはよき家臣をお持ちですな。して、止められぬとは、いかなる意味で?」
 隼人が姿を消した階段の方に視線を投げ、伊織が口を開く。
「わが殿は好奇心が刀を差して歩いているような方。昔から何でも自分でやってみないと気がすまない性質(たち)でございまして……。こちらの方々のご迷惑とならぬよう、われらも気を配りますので、どうぞしばらくのご辛抱を」
「なるほど、いかにも隼人どのらしいですな」
 恐縮する家臣二人の前で兼光は豪快に笑う。
「心配ですので、船底の様子を見てまいります」
「では、わしもご一緒いたそう。隼人どのがどう櫓を操るか、いささか興味がありますでな」
「船に関しては、ずぶの素人ゆえ、すんなりとはいかないと存じますが」
 とりあえず三人は船底へと続く木の階段を降りていった。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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