第122話 王子と王女

文字数 744文字

 どこからか波の音がして、身体が揺れている。
 見知らぬ船の中で隼人は眼を覚ました。起き上がろうとして肩から胸にかけて激痛が走り、再び寝台に横たわる。
 少し離れた窓際で、少年が心配気にこちらを見つめている。その顔には見覚えがあった。残党狩りの時、わざと見逃した少年だ。
 部屋にはもうひとり、長い黒髪を高めの位置ででひとつに束ねた少女の姿があった。
 年の頃は自分と同じくらいだろうか。
 立襟の黒の上着と動きやすそうな脚衣(きゃくい)を身につけ、鮮やかな珊瑚の耳飾りが彩りを添えている。
「気がついたか? おとなしく寝ていろ。まだ動くのは無理だ」
 凛とした美しい少女の口からこぼれたのは羅紗の言葉。
「わが名は阿梨(あり)。羅紗国の王女にして、水軍──海龍(かいりゅう)一族の長だ」
 隼人は驚いて眼を見張った。
 よく日焼けした小麦色の肌のこの少女が、羅紗国の王女……。
 少女は窓際の少年に視線を移し、
「そちらはわが弟、王子の白瑛(はくえい)。まずは王宮の地下で弟をかばってくれたこと、心から礼を言う」
 隼人は唖然とするばかりだ。身なりから高貴な者だろうと察しはついていたが、まさか王子だったとは。
「だが、そなたには少々たずねたいことがある」
 阿梨は腰に下げていた刀をすらりと抜き、隼人に突きつけた。
「姉さま⁉」
 白瑛は驚いて駆け寄ろうとしたが、阿梨に片手で制される。
「そなたの名は? 持っていた見事な刀からしても、ただの雑兵ではあるまい。ひとかどの武将であろう」
 少女の言葉はかなり早口だったが、かろうじて聞き取れた。隼人は頭の中で考え考えしながら、慎重に返答した。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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