第96話 早馬

文字数 646文字

 笑いごとではございませんぞ、と和臣は渋面を作った。
 だいたい、本当に帝の御子なら皇子ではないか。
 さすればあの柊蘇芳より身分は上で、理不尽な命令をされる筋合いなどないというのに。
「期待に沿えなくてすまないが、わたしは帝の御子ではないよ」
 苦笑交じりに答えてから、すっと真剣な顔つきになって、
「確かに母上は皇族だったけれど、父上に嫁ぐ際に身分を捨てている。わたしは先代の草薙領主・九条正人(まさと)と妻・優華の息子だ。そして、そのことを誇りに思っている」
 さようでございましたか、と納得した兵が日焼けした顔をほころばせた時だ。
 街道の先、自分たちの進む方向から、何かが土埃をあげて近づいてくるのが見えた。
 眼をこらすと茶色い物体がもの凄い勢いで駆けてくる。
 早馬のようだ。しかも柊蘇芳の直属の皇軍の紫の旗が掲げられている。
 馬は猛速度で近づき、九条軍の手前、どうっ、というかけ声と共に足を止めた。
「われは総大将・柊蘇芳さまよりの使者。九条軍の将はいずこにおられるか⁉」
「わたしだが」
 何事かと集まってきた兵たちの間をかき分けるように隼人が前に進み出ると、使者は馬上から声高らかに告げた。
「ご報告申し上げます! 柊蘇芳さま率いる中央軍は王都・戴河(たいが)を陥落させ、王宮をも占拠。国王は北へ落ちのび、すでに追っ手が出されております。この戦、倭国の大勝利でございます!」




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み