第37話 空虚

文字数 597文字

 なのに満たされない。
 心にぽっかりと穴が開いているようで、何をしてもこの空虚は埋まらない。
 多くを持ちながら、本当に欲しているものは、ひとつも手に入らないかのような……。
 疲れを感じた。酒宴もどうでもいい。早く休みたい。
「隼人」
 呼ばれて、隼人が蘇芳の方に向き直る。
「疲れたので、もう休みたいのだが」
「寝所の仕度ならできているよ。すぐにでも休めるようになっている」
「そいつは気がきくな。ついでに夜伽の女をひとり、つけてもらいたい。寒くなってきたのでな、温めてくれる女が欲しい」
 だが、そんな申し出に、隼人はきっぱりと首を横に振った。
「前に来た時にも言ったと思うけど、この城にはそのような者はいない」
 事実だった。城主の意向を反映して、ここには(あそ)()などの類は一切入りこんではいない。
「夜伽をする女のひとりもいないのか。まったく不粋だな。これだから田舎は嫌なのだ」
 たちまち蘇芳は不機嫌になって毒づいてみせた。都では珍しくもないのに、いちいち目くじらをたてられて実に鬱陶しい。
「ならば、おまえの美しき奥方でもよいぞ。一晩、借してはくれぬか」
 この言い草にはさしもの隼人も眉をひそめた。
 自分はどう言われようとかまわないが、藤音への侮辱は聞き捨てならない。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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