第18話 報告の合間

文字数 524文字

 隼人と藤音もまた、そんな二人を心配していた。
 かといって自分たちにも心当たりはない。
 かつて草薙の神職を司っていた桜花の祖父が探せないでいるのだから、簡単に見つかるはずもない。
「困りましたわね……」
 城の広間。隼人に寄せられる報告の合間をぬって、藤音は憂いた表情をみせた。
「こんなに難航するとは思わなかったな。草薙の領内には神官も巫女も大勢いるはずなのに」
「桜花が不憫ですわ。あれほど幸せそうにしていましたのに」
 などとつらつら話しているところへ、次の報告の者がやって来る。
 今度の内容は報告というより陳情だった。
 先月の大雨で村の川が氾濫し、作物に被害が出てしまったので、今年の年貢を下げていただけまいか、という申し出である。
 こんな場合、隼人はきちんと調査をして、申し出が事実なら大幅に年貢を下げる。
 きわめて温情厚い処遇で、おかげで城の蔵はいつも空っぽだと、家老の結城などは嘆いている。
 やりとりの間は藤音はほとんど口をはさむことなく、かたわらで聞いているのだが、時々父を思い出した。
 藤音は白河の領主の息女として生まれ、隣国の草薙の領主のもとへ嫁いだ。
 だからずっと領主というものを見ているのだが、父と隼人ではだいぶあり方が異なっている。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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