第93話 生きているからこそ

文字数 725文字

 戦場で蚊帳の外に置かれた九条軍が戦闘の代わりに行ったのは、戦で命を落とした者たちを弔うことであった。
 毎日、行く先々で放置されたままの亡骸を、墓穴を掘って埋葬する。
 羅紗だけでなく倭国の兵でさえ、骸がそのまま残されていることがしばしばあった。進軍の速度が早すぎて、弔ってやる時間もなかったのだろう。
 墓穴は二つ。死んでしまえば敵も味方もない。とはいえ、この国の人々は倭国の者と同じ墓に葬られるのは嫌だろうから、という隼人の配慮だ。
 本当は花でも手向けてやりたいが、生憎と季節は冬のさなか、路傍に咲いている花とてない。 
 刀に代わって農家の軒先に投げ出されていた鍬をふるい、兵たちは黙々と穴を掘り、死骸を埋めていく。
 何しろこの将は自分たちが手伝わねば、ひとりでも墓穴を掘り出しかねない。
 最後尾にも関わらず、九条軍の行為はいつの間にか全軍に知れ渡り、「埋葬部隊」などという不名誉な仇名までつけられる始末だ。
「やれやれ、こんな異国まで来て墓穴堀りとは……」
 休憩時間、和臣は水筒から水を飲みながら、思わず愚痴が口をついて出てしまう。
 寒風の中、水は氷のように冷たく、味気なかった。瀬奈が入れてくれた暖かくて美味い茶が懐かしく思い出された。
「まあ、ぼやかれますな、兄上。恨みもない相手と斬り合うよりはましでございましょう」
 伊織が慰めるように言うと、和臣は確かに、と苦笑してみせた。
 とはいえ連日、大勢の死人を見ていると、さすがに気が滅入ってくる。
 そんな時、伊織はいつも桜花を想った。桜花の笑顔や、鈴のような笑い声や、その手のぬくもりを。
 そうして改めて思い知る。命を失えば誰もが物言わぬ冷たい骸となるだけだ。人間(ひと)は生きているからこそ美しいのだ──。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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