第32話 たずねたきこと

文字数 646文字

「膳など持って何をされているのですか」
「今宵の宴は客人が多く、人手が足りないので手伝いを……」
「それは見上げた心がけ。ですが、少々おたずねしたいことがございます。ひとまず膳を置いてここへお座りいただけますか」
「はあ……」
 言われるままに伊織は膳を置き、二人の前に座った。あの傲慢な客人とは違い、実に素直なよい若者だ。
「で、如月どの、たずねたいこととは?」
 伊織が言うか早いか、如月の怒りが炸裂する。
「いったい何者ですの、あの客は⁉」
 如月の剣幕に押されつつ、伊織は、そうか、とつぶやいた。
「お二人とも蘇芳どのにお会いになるのは初めてでしたね」
「ええ、あのような不躾な客、初めてですとも!」
 憤慨する如月の横で、藤音も疑問を口にする。
「なぜあの客人が殿の席に座っているのですか? この城の者は皆、まるで腫物にさわるかように気を使って、あの方に接しています。かといって本心から歓迎しているようではないのですが……」
 伊織は内心舌を巻いた。藤音はわずかな時間で、この場の状況を正確に把握している。
 しばらく考えこんでいたが、やがて伊織は観念したように話し出した。
「仕方ないのですよ。あの方は特別なのですから」
「どう特別だというのです? そこを話してくれねば、わからぬではないですか!」
 自分が叱り飛ばされているように身をすくめながら、伊織はすべてを明かそうと決心した。 




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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