第158話 風のように
文字数 757文字
しかし隼人はゆっくりと首を横に振った。
「ありがとう、阿梨。あなたの申し出はとても嬉しい。けれど、わたしには待っていてくれる者がいるから……」
藤音と約束した。必ず生きて戻ってくると。
あの夜の狂おしいまでの瞳と肌は今もくっきりと刻みこまれている。違 えることなどできはしない。
「そう、か」
静かな瞳で阿梨はかすかに笑んだ。
本当は最初から返事はわかっていた気がする。隼人の心はいつも自分の知らない誰かを求めていて、その絆には到底入りこめない。
感傷を振り払うように阿梨は、ぱん、と手を打った。
「ああ、言い忘れるところだった。われらは王都に向かうが、そなたに船を一隻、乗組員付きで貸そう。倭国への航海も充分可能な大型船だ。それに乗って、あの三人の兵たちと一緒に故国へ帰るがいい」
隼人の眼が大きく見開かれる。この羅紗国の王女、いや、水軍の長には、どんなに礼を言っても言い尽くせない。
「心から感謝します、阿梨。あなたのしてくれたご恩は決して忘れません。今度会う時は、ぜひ友として」
「そうありたいものだな」
阿梨が差し出す手を隼人が固く握り返す。
もしもっと早く出会えていたら、魂の相方になれただろうか。阿梨はふっとそんなことを考えてみたが、所詮は意味のない仮定だ。
未練をひきずるなど自分には似合わない。いつもまっすぐ前を向いていたい。
突然、大きな波が寄せて船が揺れた。
均衡を崩してよろけた隼人の唇に、不意に柔らかなものがふれる。
一瞬の、阿梨の口づけ。
「さらばだ、隼人」
何が起こったのか、隼人が理解できた時には。阿梨は風のように身を翻し、甲板の向こうに遠ざかっていた。
「ありがとう、阿梨。あなたの申し出はとても嬉しい。けれど、わたしには待っていてくれる者がいるから……」
藤音と約束した。必ず生きて戻ってくると。
あの夜の狂おしいまでの瞳と肌は今もくっきりと刻みこまれている。
「そう、か」
静かな瞳で阿梨はかすかに笑んだ。
本当は最初から返事はわかっていた気がする。隼人の心はいつも自分の知らない誰かを求めていて、その絆には到底入りこめない。
感傷を振り払うように阿梨は、ぱん、と手を打った。
「ああ、言い忘れるところだった。われらは王都に向かうが、そなたに船を一隻、乗組員付きで貸そう。倭国への航海も充分可能な大型船だ。それに乗って、あの三人の兵たちと一緒に故国へ帰るがいい」
隼人の眼が大きく見開かれる。この羅紗国の王女、いや、水軍の長には、どんなに礼を言っても言い尽くせない。
「心から感謝します、阿梨。あなたのしてくれたご恩は決して忘れません。今度会う時は、ぜひ友として」
「そうありたいものだな」
阿梨が差し出す手を隼人が固く握り返す。
もしもっと早く出会えていたら、魂の相方になれただろうか。阿梨はふっとそんなことを考えてみたが、所詮は意味のない仮定だ。
未練をひきずるなど自分には似合わない。いつもまっすぐ前を向いていたい。
突然、大きな波が寄せて船が揺れた。
均衡を崩してよろけた隼人の唇に、不意に柔らかなものがふれる。
一瞬の、阿梨の口づけ。
「さらばだ、隼人」
何が起こったのか、隼人が理解できた時には。阿梨は風のように身を翻し、甲板の向こうに遠ざかっていた。