第98話 果たすべき義務

文字数 535文字

 確かに美しいが、(もろ)い、と隼人は思った。
 優雅に建てられただけの宮殿は、戦となればひとたまりもないだろう。
 ふと隼人も九条の兵たちも、王宮の外壁に何かが点々と置かれているのに気づいた。眼を凝らし、それが何か理解した時、隼人の背筋を戦慄が走った。
 あれは、人の首だ。
 蘇芳はこの地でも抵抗しない民衆には一切、手を出さぬよう固く全軍に命令を下していた。
 しかし羅紗の兵に対しては容赦しなかった。
 王都を守ろうと戦った者たちは殲滅され、彼らの首はひとつ残らず城壁にさらされたのだ。
 かつては活気に満ちていたであろう市場も今は荒れ果て、そこかしこに人々が虚ろな眼で座りこんでいる。
 やつれた姿からは何の表情も読み取れない。異国からの侵略に怯え、疲れ果てて憎む気力さえ手放してしまったかのようだ。
 命亡き首と、民衆の虚無なまなざしにさらされながら、九条軍は王宮へと入城した。
 広大な敷地の一角に与えられた宿舎に入り、後の細かい指図は副官たちに一任すると、隼人は案内役の年若い侍と共に歩き出した。
 この地で真っ先に果たすべき義務──柊蘇芳に目通りするためだ。




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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