第6話 深々と

文字数 434文字

 返答しつつ、伊織は複雑な思いにかられていた。
 実は最初に桜花に求婚したのは兄の和臣(かずおみ)なのである。
 いろいろあって結局、縁組の話は流れたのだが、その後で自分が桜花と祝言を挙げるとなると、継母である霧江にはいささか話しづらい。
 仕方ない、母君には父から伝えてもらおう。
「伊織どの」
 真摯な口調で呼ばれ、我に返ると、向かいでは十耶が深々と頭を下げている。
「まだまだ未熟者なれど、どうか、わが孫娘をよろしく頼みます」
 伊織はあわてて自分も深く頭を下げた。
「とんでもございません。未熟者は自分の方。これからもどうぞお導きください。生涯かけて桜花を大切にいたします」
 頭を下げあう二人のそばで桜花はもじもじしていた。これではこそばゆくて身の置き所がない。
「あの、おじいさま……」
 話を進めるべく桜花に声をかけられ、やっと祖父が面を上げ、続いて伊織も顔を上げる。
「以前、嫁ぐためには巫女の座を辞さなければならない、とうかがいましたが、具体的にはどのようにすればよろしいのでしょうか」




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登場人物紹介

九条隼人(くじょうはやと)


若き聡明な草薙の領主。大切なものを守るため、心ならずも異国との戦に身を投じる。

「鬼哭く里の純恋歌」の人物イラストとイメージが少し異なっています。優しいだけではない、乱世に生きる武人としての姿を見てあげてください。

藤音(ふじね)


隼人の正室。人質同然の政略結婚であったが、彼の誠実な優しさにふれ、心から愛しあうようになる。

夫の留守を守り、自分にできる最善を尽くす。

天宮桜花(あまみやおうか)


九条家に仕える巫女。天女の末裔と言われ、破魔と癒しの力を持つ優しい少女。舞の名手。

幼馴染の伊織と祝言を挙げる予定だが、後任探しが難航し、巫女の座を降りられずにいる。

桐生伊織(きりゅういおり)


桜花の婚約者。婚礼の準備がなかなか進まないのが悩みの種。

武芸に秀で、隼人の護衛として戦に赴く。

柊蘇芳(ひいらぎすおう)


隼人とはいとこだが、彼を疎んじている。美貌の武将。

帝の甥で強大な権力を持ち、その野心を異国への出兵に向ける。

阿梨(あり)


羅紗国の王女にして水軍の長。戦の渦中で隼人の運命に大きくかかわっていく。

白瑛(はくえい)


王都での残党狩りの時、隼人がわざと見逃した少年。実はその素性は……。

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