3-2. 結婚式 ②
文字数 1,757文字
リアナは一人押し黙り、観察に徹することにした。
夫婦から挨拶を受ける諸侯たちの様子をじっと眺める。オンブリア国内からは、王であるリアナのほかにも、ニザラン先住民自治領 の新しい王が来ているはずだったが……この場には姿を見せていないようだ。
だが、特に念入りにチェックしたのは、アエディクラの王ガエネイスだった。にこにこと鷹揚にうなずき、若い公子の肩を親しげに叩いている。王と公子は比較的長く歓談していた。
イーゼンテルレは、滅亡した大国イティージエンの系譜にあり、豊かな文化風俗を受け継いでいる。だが、国力という点では、力を増してきた大国アエディクラの庇護を必要としていて、二国のあいだにはなかなか微妙な駆け引きがあるようだ。ファニーと一緒に予習してきたので、イーサー公子がかつてアエディクラに人質として送られていたという事実も頭に入れていた。アエディクラの王ガエネイスは、見た目に屈強な武人というわけではないが、野心的ですぐれた統率力を持つとの評判が高い。イーサーとは、おそらく人質時代に交流があっただろうが、どのような関係だったのだろうか……。
♢♦♢
「リアナ陛下、白竜のおん君 」
花嫁を連れて、イーサーが座の前に立った。花嫁とともに腰を折って優雅に礼をする。来客は座って迎えてよいしきたりなので、リアナはうなずいて礼を受けた。
「狩りのときには、大変な失礼をいたしました。私の短慮で、陛下のお命を危険にさらしてしまった。あの場で私の首が飛んでいてもおかしくない。デイミオン殿下にも、ご迷惑を」
リアナは笑みをつくった。「竜族の王は、竜から落ちたくらいでは死なないんですよ。ご心配なさらないよう」
竜から落ちたこと自体は乗り手 にとってふつうに不名誉だけど、とは心の中でだけ付けくわえる。
「高名な吟遊詩人を呼んでおりますが、畏怖に打たれるばかりの竜顔の美しさ、白竜の力強さを歌にするのは難しいでしょうね」
「ありがとう。みなの目を楽しませているようで、よかったわ」
「われわれは短命ですから、このように伝説的な光景を見ることができれば、孫子の代まで語り継ぎますよ」
短命、か……。
里のロッタとハニのことを思い出して、懐かしさと悲しさが入り混じったような感情を味わう。彼らは竜族と人間との夫婦だった。生きていれば、いずれは年月が二人の間を引き裂いただろう。
でも、それは起こらなかった。里が襲撃に遭い、里人のほぼ全員が殺されたからだ。
人間はいつも竜族の長命さや美しさを畏怖し、歌や絵に残すけれど、結局は二人のような悲劇のほうがありふれているのかもしれない。クローナン王は、たった六十歳だった。母のエリサ王にいたっては、十九歳の若さで亡くなったという。竜族には、老いよりも死のほうが身近なのかもしれない。……
公子夫妻が離れると、エサルがふと思い出したかのように言った。
「そういえば、昨日は言い忘れたが……もうひとつ、気になることがある。竜神祭の前後に到着すると伝達のあったメドロート公が、まだ到着していないんだ」
「ネッドが?」
「言っても1、2日のことではあるし、別に日程に障りがあるわけじゃないが、連絡なく遅れる男じゃないから、気になってな。〈呼 ばい〉でなにかわからないか? 貴殿は北方の領主家の血筋だろう?」
リアナはうなった。「ゼンデン家のいまの領主権はわたしにある。その次はたしかにネッドだけど、……難しいわ。たぶんネッドもほとんど〈呼 ばい〉の力は感じていないと思う。そういう話になったこともないもの」
「そうか。いまは傍流のカールゼンデン家のほうが
「ジェーニイのこと?」
「いや。甥のナイルのほうだ」
リアナは家系図を思い浮かべた。自分の生家とはいえ、ほとんど他の家と同じくらいにしか覚えていないが、北方の領主一族は保守的で、名前が重なりがちな傾向にある。複数のメドロート、複数のジェンナイル、そして女性の八割はエリサかリアナ。ナイルは、まだ会ったことのない彼女の従兄 だった。
「ナイル卿なら、繁殖期 には出てないし、ノーザンで領主代理をしているはずよ」
「そうだったな……」
「あなたのほうで、〈呼び手 〉を確保できない? 心配だわ」
「そうしよう」
夫婦から挨拶を受ける諸侯たちの様子をじっと眺める。オンブリア国内からは、王であるリアナのほかにも、ニザラン
だが、特に念入りにチェックしたのは、アエディクラの王ガエネイスだった。にこにこと鷹揚にうなずき、若い公子の肩を親しげに叩いている。王と公子は比較的長く歓談していた。
イーゼンテルレは、滅亡した大国イティージエンの系譜にあり、豊かな文化風俗を受け継いでいる。だが、国力という点では、力を増してきた大国アエディクラの庇護を必要としていて、二国のあいだにはなかなか微妙な駆け引きがあるようだ。ファニーと一緒に予習してきたので、イーサー公子がかつてアエディクラに人質として送られていたという事実も頭に入れていた。アエディクラの王ガエネイスは、見た目に屈強な武人というわけではないが、野心的ですぐれた統率力を持つとの評判が高い。イーサーとは、おそらく人質時代に交流があっただろうが、どのような関係だったのだろうか……。
♢♦♢
「リアナ陛下、白竜のおん
花嫁を連れて、イーサーが座の前に立った。花嫁とともに腰を折って優雅に礼をする。来客は座って迎えてよいしきたりなので、リアナはうなずいて礼を受けた。
「狩りのときには、大変な失礼をいたしました。私の短慮で、陛下のお命を危険にさらしてしまった。あの場で私の首が飛んでいてもおかしくない。デイミオン殿下にも、ご迷惑を」
リアナは笑みをつくった。「竜族の王は、竜から落ちたくらいでは死なないんですよ。ご心配なさらないよう」
竜から落ちたこと自体は
「高名な吟遊詩人を呼んでおりますが、畏怖に打たれるばかりの竜顔の美しさ、白竜の力強さを歌にするのは難しいでしょうね」
「ありがとう。みなの目を楽しませているようで、よかったわ」
「われわれは短命ですから、このように伝説的な光景を見ることができれば、孫子の代まで語り継ぎますよ」
短命、か……。
里のロッタとハニのことを思い出して、懐かしさと悲しさが入り混じったような感情を味わう。彼らは竜族と人間との夫婦だった。生きていれば、いずれは年月が二人の間を引き裂いただろう。
でも、それは起こらなかった。里が襲撃に遭い、里人のほぼ全員が殺されたからだ。
人間はいつも竜族の長命さや美しさを畏怖し、歌や絵に残すけれど、結局は二人のような悲劇のほうがありふれているのかもしれない。クローナン王は、たった六十歳だった。母のエリサ王にいたっては、十九歳の若さで亡くなったという。竜族には、老いよりも死のほうが身近なのかもしれない。……
公子夫妻が離れると、エサルがふと思い出したかのように言った。
「そういえば、昨日は言い忘れたが……もうひとつ、気になることがある。竜神祭の前後に到着すると伝達のあったメドロート公が、まだ到着していないんだ」
「ネッドが?」
「言っても1、2日のことではあるし、別に日程に障りがあるわけじゃないが、連絡なく遅れる男じゃないから、気になってな。〈
リアナはうなった。「ゼンデン家のいまの領主権はわたしにある。その次はたしかにネッドだけど、……難しいわ。たぶんネッドもほとんど〈
「そうか。いまは傍流のカールゼンデン家のほうが
力
が強いんだな。とすると、やっぱり尋ねるならジェンナイルのひよっこか」「ジェーニイのこと?」
「いや。甥のナイルのほうだ」
リアナは家系図を思い浮かべた。自分の生家とはいえ、ほとんど他の家と同じくらいにしか覚えていないが、北方の領主一族は保守的で、名前が重なりがちな傾向にある。複数のメドロート、複数のジェンナイル、そして女性の八割はエリサかリアナ。ナイルは、まだ会ったことのない彼女の
「ナイル卿なら、
「そうだったな……」
「あなたのほうで、〈
「そうしよう」