8-4. 戦争がはじまる ③
文字数 1,365文字
それからほとんど間を置かずに、王から出撃の連絡があった。
エサルたちは籠城を見越して、準備に余念がない。
南部フロンテラの州都ケイエは、古くは人間の国イティージエンの城塞だった。度重なる竜族と人間との領土争いで、何度も戦いの舞台となってきた場所だ。それを、オンブリア最大の城郭都市となるまで発展させてきたのが、エサルの一族だった。鐘楼をのぞけばもっとも高い、領主の館の最上階のきざはしに立って、エサルは鷹のように眼下を睥睨していた。風が髪をなぶってバランスを崩しかけても、竜騎手 である彼には気にならない。
アエディクラの命を受けたとみられるデーグルモールたちがこの都市に火を放って、まだ一年にもならない。そのときには、王太子だったリアナの判断に救われた部分もあったのだが――
いまは考えるのはよそう、とエサルは思った。どのみち、自分が追っ手をかけなくとも、竜王リアナは呼 ばい〉も切れるのだ。
街のあちこちに黒い焼けこげがあり、火事の爪あとが見てとれた。貯蔵塔などの重要な施設は幸いにも無事だったが、家や工房のいくつかはまだ再建中だった。紅竜の加護のもと鉱山業と冶金にすぐれ、竜騎手 に納める最高の剣はここケイエで鍛えられたものだ。その豊かな税収が中央での南部の発言権を強くしている。貴族たちは街の再建に協力的で、その資金を受けて市民たちも復興に精を出していた。エサルは唇をかむ。ここは俺が庇護する都市だ。人間どもに何度も手を出させたりはしない。
外壁や銃眼を足掛かりにして、跳ぶように下りて空いた窓から室内に戻った。子どものころは不作法だと言われて母に叱られたものだが、彼が領主となったいまではとがめる者はいない。
領主の館は兵士たちに開放され、あちこちでそれぞれの任務に就いていた。作戦を確認する竜騎手 と参謀たち、仮の兵舎を設置している兵士たち、備蓄を確認してまわる家令、女たちは台所で大量の炊き出しにあたっている。誰もがおのれの役割を知り、不平を漏らすことなくこなしていた。備蓄がじゅうぶんにあることや、ふだんから定期的な訓練に参加していることが余裕につながっているのだろう。エサルは領民たちが誇らしくなり、あちこちで激励の声をかけて回った。
そうやって一日があわただしく過ぎ、陽が落ちようかという時間帯になって、伝令が王の来訪を告げた。エサルは王を出迎えるために、屋上の発着場へと赴いた。
まず目に入ったのは一面の夕焼けだった。自分の竜パルシファルがいないのは、やってこようとするアルファメイルに遠慮してのことだろう。すでに小山のようなアーダルがそこにいて、逆光でさらに黒く巨 きく見えた。
近づいていきながら、エサルはなぜか常にない緊張感をおぼえた。
燃えるような夕焼けを背に、巨大な竜を従えて、国王デイミオンがそこにいた。黒光りする竜の固い鱗と、王の甲冑に、夕日が金色のしずくのような光を点々と落としている。軍靴の音を立ててゆっくりと近づきながら、デイミオンは
残念ながら、その感覚は当たっていたのだった。
エサルたちは籠城を見越して、準備に余念がない。
南部フロンテラの州都ケイエは、古くは人間の国イティージエンの城塞だった。度重なる竜族と人間との領土争いで、何度も戦いの舞台となってきた場所だ。それを、オンブリア最大の城郭都市となるまで発展させてきたのが、エサルの一族だった。鐘楼をのぞけばもっとも高い、領主の館の最上階のきざはしに立って、エサルは鷹のように眼下を睥睨していた。風が髪をなぶってバランスを崩しかけても、
アエディクラの命を受けたとみられるデーグルモールたちがこの都市に火を放って、まだ一年にもならない。そのときには、王太子だったリアナの判断に救われた部分もあったのだが――
いまは考えるのはよそう、とエサルは思った。どのみち、自分が追っ手をかけなくとも、竜王リアナは
死んだ
のだ。それは、王であるデイミオンが一番よくわかっているはずだった。竜の心臓が止まったとき、〈血の街のあちこちに黒い焼けこげがあり、火事の爪あとが見てとれた。貯蔵塔などの重要な施設は幸いにも無事だったが、家や工房のいくつかはまだ再建中だった。紅竜の加護のもと鉱山業と冶金にすぐれ、
外壁や銃眼を足掛かりにして、跳ぶように下りて空いた窓から室内に戻った。子どものころは不作法だと言われて母に叱られたものだが、彼が領主となったいまではとがめる者はいない。
領主の館は兵士たちに開放され、あちこちでそれぞれの任務に就いていた。作戦を確認する
そうやって一日があわただしく過ぎ、陽が落ちようかという時間帯になって、伝令が王の来訪を告げた。エサルは王を出迎えるために、屋上の発着場へと赴いた。
まず目に入ったのは一面の夕焼けだった。自分の竜パルシファルがいないのは、やってこようとするアルファメイルに遠慮してのことだろう。すでに小山のようなアーダルがそこにいて、逆光でさらに黒く
近づいていきながら、エサルはなぜか常にない緊張感をおぼえた。
燃えるような夕焼けを背に、巨大な竜を従えて、国王デイミオンがそこにいた。黒光りする竜の固い鱗と、王の甲冑に、夕日が金色のしずくのような光を点々と落としている。軍靴の音を立ててゆっくりと近づきながら、デイミオンは
にい
っと笑った。夕日の赤と彼らの黒、そしてその笑みとが、どうしようもなく不吉な感覚をエサルのなかに呼び起こした。残念ながら、その感覚は当たっていたのだった。