10-1.あなたを信じてる ⑤

文字数 882文字

 だが、それはデイミオンの声ではなかった。それはアーダルという濁流のなかの一枚の枯れ葉でしかなかった。黄金の文字列が情報の奔流となり、数字に似たなにかが質量を訴えかけてくる。懐かしい感触がしたのは、かつて〈御座所〉で見たものに似ていたからだと気がつく。輝きながら押し流されていく情報。どんなライダーも、こんなものに耐えられるはずがない。もしかしたら、デイミオンはすでに肉の器に成り果て、ここにあるのは太古の知恵が川となって流れるものだけなのかもしれない。
 滝つぼに落ちていくように、黄金列の下流に流されていく。
「デイミオン!」リアナは繰りかえし叫んだ。「戻ってきて! 手をつかんで! お願い、デイ――」

 自分の指先が、情報の一片となって分解されていこうかとするそのとき、デイミオンがふりむいた。その髪は熱と空気でたなびき、目は金色に輝いていた。
 口もとが、自分の名前を呼ぶ形にひらかれる。
「受けとめて、デイミオン!」
 手をつかまれた瞬間、情報の奔流は消え、すべてが感情とエネルギーの世界になった。
 文字列が黄金の泡となってはじけとんだ。そこにいるのは、デイミオンとリアナだけだった。広げられた腕に、迷いなく飛びこんでいく。春に黒土から球根が芽吹くように、よろこびが力強く湧きあがり、周囲を満たす。
 〈()ばい〉が満ち、竜たちの気配がリアナのなかに戻ってきた。あたり一面を支配するアーダルの(グリッド)。だが、どこかにはハダルクたちの竜もいる。それにレーデルルも。
 幻影が消えると、そこは炎のなかだった。ライダーが呼吸できるように、いびつに空間がゆがめられ、空気が澱のようによどんでいる。それでも、デイミオンの腕は力強く、温かかった。息が止まるほど強く抱きしめられ、そのあと顔を両手で挟まれた。その顔はよろこびというよりも、絶望に近かった。もしもここにいるリアナが幻ならば、彼の心臓は砕け落ちてしまう。そんな顔だった。

「リアナ」
 ようやく名前が呼ばれた。そしてくり返し何度も何度も。うなる風も、炎の轟音も、もう聞こえない。

「わたしは生きているわ、デイミオン」リアナはささやいた。

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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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