9-3. 黒竜VS飛行船 ②
文字数 1,387文字
上空から見ると、それは次から次へと花開く美しいラーレの花(チューリップ)にも似ていた。
エサルはハヤブサの目を借り、固唾をのんでその光景を見下ろしていた。
花のように見えるのは、実際には火球に次ぐ火球だった。中心は輝く黄色で、オレンジと紅蓮がその周囲を彩る。みるみるうちに黒と灰の煙が増えてきた。ねぐらを追われた鳥と小型竜たちが、狂ったようにきいきい、ばたばたと飛びたっていく。
炎と煙は風にまかせ、キノコやイトスギを思わせる形をとり、あるいは翼のように広がって、空中に何マイルも立ちのぼっていく。
〈老竜山〉が燃えていく。
高位の〈呼び手 〉たちは、モレスク側の掩蔽壕 のなかで何が起こっているかを正確に読みとり、エサルに報告していた。だが、報告の必要などなかった――ライダーならだれでも、それこそようやっと竜と〈呼 ばい〉ができるようになるくらいの若造のときに、黒竜の炎のおそろしさを叩きこまれるのだ。
だから、エサルにはわかる。炎の中心点では、熱より先に衝撃波が人体を打ち砕く。いや、粉砕という言葉でも生やさしく、すりつぶした果肉のようにしてしまう。運よく中心を逃れても蔓延する炎に焼かれ、さらには火炎が空気を奪うためにそれ以上多くの兵士たちが窒息して死んだ。
無限の火種とも言えるアーダルの炎の広がりが、強烈な上昇気流を起こし、火炎に向かって一気に風が吹きこむことで、暴風とも呼べるほど強い火事場風 が巻き起こる。腹をすかせた獣のように獰猛に周囲の酸素を消費し、焼き尽くしながら拡大していく。さらに、火事場風が巻きあげた砲撃台や重装備の軍馬がふりそそぎ、少なからぬ兵を押しつぶした。
ガエネイス王が複数の場所に用意した軍隊は、そうやってあっという間に消費されつくしていく。
炎の恐ろしさは、近づいて見なければわからない。だが上空から火を放っているデイミオンにも、何が起こっているのかの知識はあるはずだ。それとも、まったく意に介していないのか。
〔かつて、〈双竜王〉エリサも同じように炎をもってイティージエンを滅ぼした〕
〈呼 ばい〉を通じてエサルとともに見ていたエンガスが呟いた。
〔そして、人間たちの遺跡のなかで、彼女は王ではなく黙示録となった。
デイミオン卿も、同じようになってしまうのだろうか? 神の怒りのように顕現して?〕
エサルはためらった。
〔防衛のための戦争だとしても……こんなふうに竜の力で土地と人を焼き尽くすことは、本当に正しいのでしょうか?〕
〔わからん〕エンガスが言った。
〔エリサ王が平和をもたらしたのは事実だ。圧倒的な軍事力は、少ない兵でも国を守れる抑止効果を発揮した。あのときは、あれが正しい一手だったのだ〕
〔ですが、のちに禍根を残した〕エサルが言う。
〔人間の命は短いが、代が替わるたびに科学技術力が増していく。彼らは生き延びるためがむしゃらにやっている。これ以上のスピードで対竜兵器の開発がすすめば、いずれは竜の力を追い越すかもしれない……〕
〔そうだ。だが、より喫緊の課題は、われわれがデイミオン陛下を制御できない、ということだ〕
エサルは押しだまった。いまのデイミオンは、怒りに身をまかせ、世界のすべてを焼き尽くそうとしているかに見える。〔……陛下を廃すべきと?〕
エンガスはその問いには答えず、ただ
〔戻ってきなさい。話し合いが必要だ〕
とだけ言った。
エサルはハヤブサの目を借り、固唾をのんでその光景を見下ろしていた。
花のように見えるのは、実際には火球に次ぐ火球だった。中心は輝く黄色で、オレンジと紅蓮がその周囲を彩る。みるみるうちに黒と灰の煙が増えてきた。ねぐらを追われた鳥と小型竜たちが、狂ったようにきいきい、ばたばたと飛びたっていく。
炎と煙は風にまかせ、キノコやイトスギを思わせる形をとり、あるいは翼のように広がって、空中に何マイルも立ちのぼっていく。
〈老竜山〉が燃えていく。
高位の〈
だから、エサルにはわかる。炎の中心点では、熱より先に衝撃波が人体を打ち砕く。いや、粉砕という言葉でも生やさしく、すりつぶした果肉のようにしてしまう。運よく中心を逃れても蔓延する炎に焼かれ、さらには火炎が空気を奪うためにそれ以上多くの兵士たちが窒息して死んだ。
無限の火種とも言えるアーダルの炎の広がりが、強烈な上昇気流を起こし、火炎に向かって一気に風が吹きこむことで、暴風とも呼べるほど強い
ガエネイス王が複数の場所に用意した軍隊は、そうやってあっという間に消費されつくしていく。
炎の恐ろしさは、近づいて見なければわからない。だが上空から火を放っているデイミオンにも、何が起こっているのかの知識はあるはずだ。それとも、まったく意に介していないのか。
〔かつて、〈双竜王〉エリサも同じように炎をもってイティージエンを滅ぼした〕
〈
〔そして、人間たちの遺跡のなかで、彼女は王ではなく黙示録となった。
デイミオン卿も、同じようになってしまうのだろうか? 神の怒りのように顕現して?〕
エサルはためらった。
〔防衛のための戦争だとしても……こんなふうに竜の力で土地と人を焼き尽くすことは、本当に正しいのでしょうか?〕
〔わからん〕エンガスが言った。
〔エリサ王が平和をもたらしたのは事実だ。圧倒的な軍事力は、少ない兵でも国を守れる抑止効果を発揮した。あのときは、あれが正しい一手だったのだ〕
〔ですが、のちに禍根を残した〕エサルが言う。
〔人間の命は短いが、代が替わるたびに科学技術力が増していく。彼らは生き延びるためがむしゃらにやっている。これ以上のスピードで対竜兵器の開発がすすめば、いずれは竜の力を追い越すかもしれない……〕
〔そうだ。だが、より喫緊の課題は、われわれがデイミオン陛下を制御できない、ということだ〕
エサルは押しだまった。いまのデイミオンは、怒りに身をまかせ、世界のすべてを焼き尽くそうとしているかに見える。〔……陛下を廃すべきと?〕
エンガスはその問いには答えず、ただ
〔戻ってきなさい。話し合いが必要だ〕
とだけ言った。