2-4. だから今は、離ればなれ ①
文字数 1,541文字
リアナは執務室への道を急いでいた。
驚くほどの速足で廊下をずんずん進んでいくと、侍従たちが慌てて端に避け、頭を下げる。近衛が扉を開くと、勢いよくなかへ駆け込んだ。
「デイミオン卿!」
かつかつと近づいて、大きな樫の一枚板でできた執務机に、どん!と手をついた。
「これはどういうことなの? 説明して」
執務室はまぶしいほどに日当りのいい部屋で、前王の時代からしつらえを変えていない。背の高い窓がふたつあって、奥行きのある窓台にみずみずしい鉢植えが並ぶ。書架には王国のなかで必要な情報がすぐに調べられるよう、資料が揃えられている。
王太子デイミオンは、その机――普段から王と交代で使っているもの――で書類仕事をしていたが、座ったまま王を迎えた。「なんのことだ?」
「ルーイとミヤミのことよ。わたしの侍女たちをどこへやったの!?」
朝起きたら、いつも身のまわりの世話を手伝ってくれている二人の侍女が消えていた。連れていったのが竜騎手 と聞いて、怒り心頭で駆けつけたのだ。
デイミオンは書類から目を上げ、嘆息した。
「別に拘束しているわけじゃない。竜騎手 団の監視下には置いているが、それだけだ。代わりの侍女は寄こす」
「わたしの侍女たちよ!」
「
冷静な声が言う。
「黙って国を出奔するなど、間諜 と取られても仕方がない行動だぞ。おまえがどう思っているかは知らないが、信頼はおけん。当然、あいつが選んだ者たちもだ」
「あなたにそんな権限――」
「言っておくが、おまえの安全は継承者である私の管轄にある。身辺警護については口を出さないでいただこうか」
リアナは怒りに震える拳を握った。
「わたしになにかあったほうが、都合がいいくせに」
デイミオンのほうも怒りに満ちた目を向けたが、表だってその怒りをぶつけることはなかった。
ただ、「話はそれだけか? なら、公務に戻っていただこうか」とそっけなく言っただけだった。
♢♦♢
一日の執務を終え、部屋に戻ると、しばらくしてルーイとミヤミが戻ってきた。取り調べは受けたが、特に侍女の任を解かれることはなく、今後も仕事を続けてよいと言われたと報告される。
「そう……」
朝のやりとりが影響しているのかどうかはわからないが、ともあれリアナはほっとした。王と呼ばれるようになってまだ数か月しか経っていないし、その前には国境沿いの隠れ里で育ったので、かしずかれるのには慣れていない。せっかく慣れてきた侍女に交代してほしくなかった。どちらも自分の妹くらいの歳ごろの少女たちで、ルーイは快活で気が利くし、寡黙なミヤミにはフィルに通じる安心感がある。
「ミヤミ。あなた、〈ハートレス〉なんでしょう?」
外遊にそなえてリアナの旅装を準備している侍女に、そう尋ねた。こういう質問をするときは、相手に準備する間を与えないほうがいい、と養父イニは言っていたものだ。
黒髪の侍女はなんら動揺を浮かべることなくうなずいた。「はい、陛下」
ちょっとした身のこなしや、肝の据わった態度など、フィルやテオなどほかの〈ハートレス〉に通じるところがある。そのことからの推測だった。
「ルーイは?」
「彼女は違います」
「フィルからなにを命じられてここに来たの?」
「陛下のお役に立つようにと」
「彼がどこに行ってしまったか、知らない?」
「存じません」
すべて即答されたが、フィルの部下なだけに本当かどうか疑わしい。侍女の様子を観察していると、はあ、とため息をつかれた。「フィルバート卿は、部下にそういった情報を伝えたりはなさいません」
――なんなのよ、その、自分のほうがフィルに詳しいと言わんばかりのセリフは。
リアナはなんとなく、面白くない気持ちになった。
驚くほどの速足で廊下をずんずん進んでいくと、侍従たちが慌てて端に避け、頭を下げる。近衛が扉を開くと、勢いよくなかへ駆け込んだ。
「デイミオン卿!」
かつかつと近づいて、大きな樫の一枚板でできた執務机に、どん!と手をついた。
「これはどういうことなの? 説明して」
執務室はまぶしいほどに日当りのいい部屋で、前王の時代からしつらえを変えていない。背の高い窓がふたつあって、奥行きのある窓台にみずみずしい鉢植えが並ぶ。書架には王国のなかで必要な情報がすぐに調べられるよう、資料が揃えられている。
王太子デイミオンは、その机――普段から王と交代で使っているもの――で書類仕事をしていたが、座ったまま王を迎えた。「なんのことだ?」
「ルーイとミヤミのことよ。わたしの侍女たちをどこへやったの!?」
朝起きたら、いつも身のまわりの世話を手伝ってくれている二人の侍女が消えていた。連れていったのが
デイミオンは書類から目を上げ、嘆息した。
「別に拘束しているわけじゃない。
「わたしの侍女たちよ!」
「
フィルバートが選んだ侍女たちだ
」冷静な声が言う。
「黙って国を出奔するなど、
「あなたにそんな権限――」
「言っておくが、おまえの安全は継承者である私の管轄にある。身辺警護については口を出さないでいただこうか」
リアナは怒りに震える拳を握った。
「わたしになにかあったほうが、都合がいいくせに」
デイミオンのほうも怒りに満ちた目を向けたが、表だってその怒りをぶつけることはなかった。
ただ、「話はそれだけか? なら、公務に戻っていただこうか」とそっけなく言っただけだった。
♢♦♢
一日の執務を終え、部屋に戻ると、しばらくしてルーイとミヤミが戻ってきた。取り調べは受けたが、特に侍女の任を解かれることはなく、今後も仕事を続けてよいと言われたと報告される。
「そう……」
朝のやりとりが影響しているのかどうかはわからないが、ともあれリアナはほっとした。王と呼ばれるようになってまだ数か月しか経っていないし、その前には国境沿いの隠れ里で育ったので、かしずかれるのには慣れていない。せっかく慣れてきた侍女に交代してほしくなかった。どちらも自分の妹くらいの歳ごろの少女たちで、ルーイは快活で気が利くし、寡黙なミヤミにはフィルに通じる安心感がある。
「ミヤミ。あなた、〈ハートレス〉なんでしょう?」
外遊にそなえてリアナの旅装を準備している侍女に、そう尋ねた。こういう質問をするときは、相手に準備する間を与えないほうがいい、と養父イニは言っていたものだ。
黒髪の侍女はなんら動揺を浮かべることなくうなずいた。「はい、陛下」
ちょっとした身のこなしや、肝の据わった態度など、フィルやテオなどほかの〈ハートレス〉に通じるところがある。そのことからの推測だった。
「ルーイは?」
「彼女は違います」
「フィルからなにを命じられてここに来たの?」
「陛下のお役に立つようにと」
「彼がどこに行ってしまったか、知らない?」
「存じません」
すべて即答されたが、フィルの部下なだけに本当かどうか疑わしい。侍女の様子を観察していると、はあ、とため息をつかれた。「フィルバート卿は、部下にそういった情報を伝えたりはなさいません」
――なんなのよ、その、自分のほうがフィルに詳しいと言わんばかりのセリフは。
リアナはなんとなく、面白くない気持ちになった。