9-1. 調査班の旅の終わり ③
文字数 1,560文字
ファニーがささやいた。「デーグルモールだ」
テオは目を見開いた。が、すぐに表情を消して、さりげない動作で病人をかつぎあげる。
「仕方ない。うまく話を合わせてくださいね」
門番は国王の委任状を確認したものの、領主への面会は難しいかもしれないとしぶった。
「いまは非常事態ですから……」
「だからこそ、われわれの情報が必要となるのです」ベスはろうろうと言った。「わたくしは竜騎手 と同等の権限を与えられています。紅竜大公もご存じのはず。なかで待たせていただきますよ」
そして、背後をふりかえった。「さ、みなさん、いらっしゃい」
領主の館は、籠城の準備で忙しいようだった。案内してくれた侍従があわただしく去ると、広い応接室には彼ら以外に誰もいなくなった。ぱたぱたと使用人が走りまわる音や、なにかを命じる誰かの号令が聞こえる。
「お茶のもてなしは期待できそうにありませんね」
ベスは何事もないように言うと、暖炉にかけられていたソースパンを勝手に取りだし、中身がお湯であると確信して茶を淹れはじめた。
「まあ、あわただしいときでかえってよかったんだよ、でなければこんなにすぐ通してもらえていないと思うよ」
ファニーが言った。テオは病人を長椅子に寝かせ、フードを取って顔をあらためている。
「金髪碧眼、小柄でやせ型のデーグルモール。……間違いなく、頭領のダンダリオンですね。なんてこった。あれだけ探して、帰ってくる途中で道に落ちてるのを拾うなんて」
「いったい、なにがあったっていうんだろう?」ファニーがのぞきこむ。「アエンナガルで負傷しているかもしれないとは思っていたけど、こんなに重傷だなんて。ほかの仲間たちはどうしたんだろう?」
ベスは茶葉をあらため、病人でも飲めそうな薬草茶を選んでポットに入れた。
「とにかく、話を聞くにしても目を覚ましていただかないと。うまいことごまかして、〈癒し手 〉に診せないといけませんわね」
「吹けば飛びそうな体格ですけど、油断は禁物ですよ」テオが厳しい顔をした。「もとはライダーなうえ、ほぼ不死身の戦士なんですから。こいつには、オンブリアの兵士が何人やられたかわからない」
「青竜の術なら、僕にも多少は心得があるよ」
ファニーは廊下に出て小姓を呼び止め、侍従が怪我をしているので青竜の術具をお借りできないか、と尋ねた。このありさまなら、籠城戦に備えて救護所ももうけてあるだろうと考えたのだ。小姓は十分もせずに戻ってきて、術者はほかの施術があるのでこちらに来られないが、術具ならと手渡してくれた。
ファニーが術具を作動させると、青い光が患部に吸い込まれ、ほどなくして男が目を覚ました。
「……ここは……」
ファニーはのんきに声をかけた。「気づいたかい?」
「貴公は?」男は頭をおさえつつまわりを見まわした。「それに、私はどこにいるのだ?」
情報戦に長けたテオが、「まずは適当なことを言って様子を見ろ」という目をした。ベスは、お茶を飲ませても大丈夫だろうかという顔をしている。
ファニーはあっさりと言った。「ここはケイエの領主の城。そして僕は黄竜公、になったばかり、のエピファニー。それでこっちは僕の協力者」
「閣下!」テオが悲鳴をあげた。
ファニーは気にした様子もなく続ける。
「どうぞよろしく、〈不死 の王〉ダンダリオン。あるいは、かつての南部 領主、フェリクス・エイルモールト卿。あるいは、竜王リアナの父君」
「……すべて把握済みというわけか」金髪の男は静かに言った。「たしかに私はデーグルモールの頭領、ダンダリオンだ。諸兄らに頼みがある」
「頭を動かすな!—―」
「テオ。大丈夫だよ」ファニーが制する。「まあ、言うだけ言ってみてよ。聞くだけ聞くから」
「私を竜王に会わせてほしい。……そのために、ケイエの領主に目通りを願いたいのだ」
テオは目を見開いた。が、すぐに表情を消して、さりげない動作で病人をかつぎあげる。
「仕方ない。うまく話を合わせてくださいね」
門番は国王の委任状を確認したものの、領主への面会は難しいかもしれないとしぶった。
「いまは非常事態ですから……」
「だからこそ、われわれの情報が必要となるのです」ベスはろうろうと言った。「わたくしは
そして、背後をふりかえった。「さ、みなさん、いらっしゃい」
領主の館は、籠城の準備で忙しいようだった。案内してくれた侍従があわただしく去ると、広い応接室には彼ら以外に誰もいなくなった。ぱたぱたと使用人が走りまわる音や、なにかを命じる誰かの号令が聞こえる。
「お茶のもてなしは期待できそうにありませんね」
ベスは何事もないように言うと、暖炉にかけられていたソースパンを勝手に取りだし、中身がお湯であると確信して茶を淹れはじめた。
「まあ、あわただしいときでかえってよかったんだよ、でなければこんなにすぐ通してもらえていないと思うよ」
ファニーが言った。テオは病人を長椅子に寝かせ、フードを取って顔をあらためている。
「金髪碧眼、小柄でやせ型のデーグルモール。……間違いなく、頭領のダンダリオンですね。なんてこった。あれだけ探して、帰ってくる途中で道に落ちてるのを拾うなんて」
「いったい、なにがあったっていうんだろう?」ファニーがのぞきこむ。「アエンナガルで負傷しているかもしれないとは思っていたけど、こんなに重傷だなんて。ほかの仲間たちはどうしたんだろう?」
ベスは茶葉をあらため、病人でも飲めそうな薬草茶を選んでポットに入れた。
「とにかく、話を聞くにしても目を覚ましていただかないと。うまいことごまかして、〈
「吹けば飛びそうな体格ですけど、油断は禁物ですよ」テオが厳しい顔をした。「もとはライダーなうえ、ほぼ不死身の戦士なんですから。こいつには、オンブリアの兵士が何人やられたかわからない」
「青竜の術なら、僕にも多少は心得があるよ」
ファニーは廊下に出て小姓を呼び止め、侍従が怪我をしているので青竜の術具をお借りできないか、と尋ねた。このありさまなら、籠城戦に備えて救護所ももうけてあるだろうと考えたのだ。小姓は十分もせずに戻ってきて、術者はほかの施術があるのでこちらに来られないが、術具ならと手渡してくれた。
ファニーが術具を作動させると、青い光が患部に吸い込まれ、ほどなくして男が目を覚ました。
「……ここは……」
ファニーはのんきに声をかけた。「気づいたかい?」
「貴公は?」男は頭をおさえつつまわりを見まわした。「それに、私はどこにいるのだ?」
情報戦に長けたテオが、「まずは適当なことを言って様子を見ろ」という目をした。ベスは、お茶を飲ませても大丈夫だろうかという顔をしている。
ファニーはあっさりと言った。「ここはケイエの領主の城。そして僕は黄竜公、になったばかり、のエピファニー。それでこっちは僕の協力者」
「閣下!」テオが悲鳴をあげた。
ファニーは気にした様子もなく続ける。
「どうぞよろしく、〈
「……すべて把握済みというわけか」金髪の男は静かに言った。「たしかに私はデーグルモールの頭領、ダンダリオンだ。諸兄らに頼みがある」
「頭を動かすな!—―」
「テオ。大丈夫だよ」ファニーが制する。「まあ、言うだけ言ってみてよ。聞くだけ聞くから」
「私を竜王に会わせてほしい。……そのために、ケイエの領主に目通りを願いたいのだ」