9-2. 王たちの狂宴 ⑤
文字数 1,374文字
王はぴくりと身を震わせた。「ニザランに? なぜだ?」
「竜を失い、もはや徒歩 で陛下のもとにはせ参じることは不可能であったために。ニザランの王は、いかなる種族に対しても、庇護を与えると聞き及んでいたからです」
「〈先住民たち 〉か……」
王は思案気な顔をした。「行方がつかめなかったのも無理はない。いかに余といえど、現世 と幽世 のあいだには手を出そうと思わぬな。……だが、あの森に入って、御身 は無事でおられたのか? 〈鉄の王〉はいかなる軍にも容赦せぬと聞いているが」
「憐れみ深い方ですので」
「憐れみ深いか。大陸では、寡聞にしてそのような王は知らぬな」ガエネイスは皮肉気に言った。
不死者の王は一言も発言していない、とクルアーンは思った。アエンナガルでよほどの重傷を負ったのだろうか。
「して、〈竜殺し 〉よ、おまえがなぜここに?」
王の目が鋭くなる。フィルバートはいくらか姿勢を正して答えた。
「反逆のかどでタマリスに囚われていたところを、彼らに救出されました。その後、ともに行動しています」
「貴重な研究結果を、どさくさに紛れておまえが持ちだしたとの情報もあったが?」
「陛下のもとに安全にお届けするつもりでしたが、黒竜大公の兵に捕らえられ、ままなりませんでした。処分はいかようにでも」
ガエネイスは値踏みする目でフィルを見た。
「おまえの勇敢さは愚かさと紙一重でもあるな、〈竜殺し 〉。黒竜大公はおまえの兄だ。その元から戻ったおまえを、余が信じようか?」
「陛下はお信じになるでしょう」青年が言った。「俺が連れてきた人物をごらんになれば」
王の目が、瞬時にフィルからデーグルモールへと移った。「……覆いを取られよ」
仮面と覆いを取ったその姿に、ガエネイスは思わず息をのんだ。
金髪の持ち主が頭を振ると巻き毛がこぼれ、その下にあらわれた小さな顔は
大柄なクルアーンの目線のやや下に、剣を構えた〈竜殺し〉の姿があった。武装解除したはずの相手の動きに、まさか、という思いが起こる。自分の腰から、もう一本の剣を引きぬいて構えたのか? だが、いつ?
目が追いつかないほどすばやく、剣を合わす高い音が鳴ったときにはすべてが起こっていた。フィルがわずかに押されるのを感じたクルアーンは一気に踏みこもうとするが、そこで二人の王から制止の声が響いた。
「やめよ」「やめなさい」
ガエネイスと、まだ成人したての若い女性の声。
クルアーンはぱっと身を離して剣を下ろした。見れば、フィルバートは涼しい顔をしている。そのまま踏みこめば一気に押しもどされ、自分の胸に剣が突きたてられていたであろうことを彼は悟らないわけにはいかなかった。
金属製のはしごを行き来するカンカンカンという音が部屋の外で響いた。それほど、室内は静まりかえっていた。
「……竜王リアナ」
ガエネイスはめったにないほど驚いていた。「いかなる幻術だ、これは?」
矯 めつ眇 めつしてみても、間違いなく、目の前の女性はオンブリアの君主だった。覆いの下にあった髪がやや乱れ、不死者の奇妙な装束は似合っているとはいいがたいが。
「貴殿は病に倒れ、王太子デイミオンが跡を襲ったのではなかったのか?」
「竜を失い、もはや
「〈
王は思案気な顔をした。「行方がつかめなかったのも無理はない。いかに余といえど、
「憐れみ深い方ですので」
「憐れみ深いか。大陸では、寡聞にしてそのような王は知らぬな」ガエネイスは皮肉気に言った。
不死者の王は一言も発言していない、とクルアーンは思った。アエンナガルでよほどの重傷を負ったのだろうか。
「して、〈
王の目が鋭くなる。フィルバートはいくらか姿勢を正して答えた。
「反逆のかどでタマリスに囚われていたところを、彼らに救出されました。その後、ともに行動しています」
「貴重な研究結果を、どさくさに紛れておまえが持ちだしたとの情報もあったが?」
「陛下のもとに安全にお届けするつもりでしたが、黒竜大公の兵に捕らえられ、ままなりませんでした。処分はいかようにでも」
ガエネイスは値踏みする目でフィルを見た。
「おまえの勇敢さは愚かさと紙一重でもあるな、〈
「陛下はお信じになるでしょう」青年が言った。「俺が連れてきた人物をごらんになれば」
王の目が、瞬時にフィルからデーグルモールへと移った。「……覆いを取られよ」
仮面と覆いを取ったその姿に、ガエネイスは思わず息をのんだ。
金髪の持ち主が頭を振ると巻き毛がこぼれ、その下にあらわれた小さな顔は
女性
のものだった。ガエネイスが声を出すよりもはやく、クルアーンが動いた。ためらいなく剣を振りあげたが、振りおろした剣をがっきりと別の剣がとらえた。大柄なクルアーンの目線のやや下に、剣を構えた〈竜殺し〉の姿があった。武装解除したはずの相手の動きに、まさか、という思いが起こる。自分の腰から、もう一本の剣を引きぬいて構えたのか? だが、いつ?
目が追いつかないほどすばやく、剣を合わす高い音が鳴ったときにはすべてが起こっていた。フィルがわずかに押されるのを感じたクルアーンは一気に踏みこもうとするが、そこで二人の王から制止の声が響いた。
「やめよ」「やめなさい」
ガエネイスと、まだ成人したての若い女性の声。
クルアーンはぱっと身を離して剣を下ろした。見れば、フィルバートは涼しい顔をしている。そのまま踏みこめば一気に押しもどされ、自分の胸に剣が突きたてられていたであろうことを彼は悟らないわけにはいかなかった。
金属製のはしごを行き来するカンカンカンという音が部屋の外で響いた。それほど、室内は静まりかえっていた。
「……竜王リアナ」
ガエネイスはめったにないほど驚いていた。「いかなる幻術だ、これは?」
「貴殿は病に倒れ、王太子デイミオンが跡を襲ったのではなかったのか?」