10-3. 和平協定と兄弟ゲンカ ④

文字数 1,227文字

 だが、そのとき大きな爆発音がして二人の会話を破った。エサルが慌てて窓に駆けよった。どうやら、中庭でなにか起こっているらしい。

「どうしたの? なにが起こったの?」
 リアナも窓枠に手をかけた。
「デイミオン陛下とフィルバート卿が、竜術を使って戦っておられるようだ」
 エサルはそう状況を評すると、なんとも言えない目でリアナを見た。
「……お心当たりが?」
「ええっと」
 さきほどまでの威厳はどこへやら、リアナのこめかみを冷や汗が流れた。
 お心当たりなどというどころではない。
 上から見るかぎり、フィルが竜術を使って上空を舞い、有利な位置から剣をお見舞いしようとしているようだった。デイミオンも地上で応戦している。それにしても、二人ともついさっきまでは調停の場にいたはずなのに、このわずかな時間でなにをはじめているのだろう?
 嬉しいような恐ろしいような、自分に責任があるような、ないような。
「でもとりあえず、止めないでおこう」リアナはなんとなく逃げ腰になった。「原因がわたしなら、わたしが出ていくとよけい火に油を注ぎそうだし」

「そういうわけにも行きますまい」エサルが冷たい目で言い、嫌がるリアナを引きずるようにして中庭まで連れていった。
 
 嫌々ながら降りてみると、二人以外にも見物人たちが山と押しかけていた。竜騎手団の紺色の長衣(ルクヴァ)。ケイエの領兵たち。〈ハートレス〉の兵士たち。それに城内のほかの貴族に使用人たちまでいて、野次と歓声を交互にとばしていた。

「これはいったい、どういうことなの!?」
 見知った顔に詰めよると、テオは「あ、陛下」と気楽にふりむいた。手には麦芽飴など持って、すっかり観戦気分のようだ。
「なにって……陛下の夫の座を賭けて争ってるんじゃないんすか? 俺は金を損したくないんで、連隊長にしときましたけど。……あっ、でもデイミオン陛下もオッズは悪くないですよ」
「夫の座を賭けてって……、賭けにまでなってるの!?」
 もう、なにから正せばいいのかわからない。リアナは頭を抱えた。

 テオは解説まではじめた。「といってもあの人、あの剣技に加えて白竜のライダーになっちゃってますからねぇ。この分だとまずデイミオン陛下に勝ち目はない」
「しかも今、アーダルは昏睡状態にある。王は竜術が使えない」どこから現れたのか、ファニーの声が割って入った。「やっぱり、フィルバート卿の有利は揺らがないかなぁ……っと!」
 ファニーの言葉は轟音にさえぎられた。
 竜術が建物に直撃し、ぱらぱらと落ちてくる石材に観客たちも逃げまわった。巻きあがる炎と爆風の中心で、デイミオンが不敵に笑った。彼が手のひらを上に向けて「かかってこい」のジェスチャーをすると、女性たちから黄色い歓声があがり、野次馬たちもおおいに沸いた。
「おっと! 陛下、さっすが男前! 顔と人気では勝ってる! これは勝負が読めなくなってきたね」と、ファニー。

「俺の城が!」エサルが叫んだ。
「ああ!」ハダルクも叫ぶ。「私の竜が!」
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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