4-1. 再会 ①
文字数 2,115文字
ガエネイス王主催の野外の宴は、完璧なアエディクラ風にしつらえてあった。そして、人間、竜族、妖精 の宮廷が、それぞれ他国の服飾で参加するという一風変わったドレスコードが事前に通達されていた。
竜族の王リアナは、王佐である南部領主のエサル公を伴 って、会場に現れた。
目の色に合わせて仕立てられたイーゼンテルレの最新流行のドレスは、黒を基調にスミレ色がアクセントになった大人っぽいものだった。えりぐりも、背中の開きも大きくて、腰の後ろはふんわりと盛り上がって大きなリボンとひだ飾りで装飾されている。エサルも王に合わせて黒い騎兵隊風のジャケットと白のズボン姿で、サーベルを腰に下げている。完璧な一対の組み合わせに、宮廷人たちが大いにざわめいた。
「長衣 がないと腰まわりが落ち着かん」社交的な笑みを浮かべたまま、エサルが言った。
「それに、あなたのその格好も。デイミオン卿が見たら激怒しそうだ。なわばりを守る雄竜みたいな男だからな」
「どうかしらね」
にっこりと微笑みながら、口の端だけを小さく動かしてそう返す。実際のところ、これほどあからさまに〈呼 ばい〉を無視されている状況では、デイミオンが自分のことをどう思っているかについてなんの確信ももてそうにない。
いま、栄華を極めるアエディクラ宮廷の最先端は「素朴な農村風」であるらしい。もっとも、その風景はリアナの知る「素朴」とも「農村」ともかけ離れていた。灯りだけでも数えきれない種類がある――整えられた庭園を何列にも連なって飾るランタン、円柱のくぼみに灯されたガラスのランプ、色つきの水がおどる噴水に華やかな色絵の灯影をともすシャンデリア。
各宮廷 の諸侯と貴族たちは孔雀のように着飾り、雲のような奇妙な亜麻色のかつらを頭上高く盛り上げ、あちこちで笑いさざめいている。
ガエネイス王と廷臣たちは、妖精王の宮廷を模したというきらきらしい衣装を身につけていた。サテンと宝石で木の葉や朝露を表現した凝ったもので、仮面とあわせて魔物や小妖精、さまざまな竜といった生き物に見立てられている。やはり、権勢という点では、イーゼンテルレの大公夫妻よりもはるかに勝っているように見える。
一方、オンブリア内ニザラン先住民自治領 の王、イノセンティウスは、竜族風の紅い長衣 を身につけていた。
「あれがニザランの王なの?」
驚きを口に出さないようにするには、かなりの自制心が必要だった。「先住民 って聞いてたのに……
「先住民 といっても、見かけでは区別はつかん」エサルが言う。
「もっとも、俺も見るのははじめてだよ。めったに自分たちの宮廷から出てこないんだ」
リアナは思いきって挨拶に行くことにした。この新しい王にはちょっとした借りがある――王の交代にともなう親書を急がせ、それを使って五公たちに、ニザランがオンブリアの新王に恭順であることを示したのだ。もっとも、そのほとんどがはったりで、デイミオンの協力がなければ破綻していただろう。要するに、手紙を体よく使っただけだ。
「〈鉄 の妖精王〉……イノセンティウス陛下」
呼びかけると、均整の取れた長身がふりむいた。コーヒー色の肌に銀髪、紅い目という珍しい取りあわせで、真紅の長衣 がよく似合っていた。色合いの妙のほかは、ごく一般的な竜族の男性に見える。
「竜王陛下」
声も姿も若々しいが、振りかえる一瞬の動作の落ち着きに、老成した雰囲気があった。先住民 は人間よりも短命だとも、逆に竜族よりもはるかに長命だとも言われる謎めいた種族だ。
リアナはふと、小さいころよく養父にねだったおとぎ話を思い出した。妖精の国の女王さまという、いかにも幼い女の子が好きな話だった。まだ王にも王太子にもなる前、里が襲撃を受けた翌日に、ほかならぬエサルの館でデイミオンにも披露したことがある。
――オンファレ女王はね、妖精国の〈冬の女王〉なの。冬の妖精王が、次の女王を選んだのよ。オンファレ女王は人間なんだけど、小さい頃に取り換え子 になって妖精王に育てられたの。
それは、竜の国オンブリアもまた「王家」がない、ということの説明を受けたときに彼女が語った話なのだった。当のデイミオンには、「くだらんおとぎ話などしている暇はないんだぞ」と一喝されてしまったような気がする。
(ずいぶん、遠くまで来てしまった気がするわ)
「即位をお慶 び申し上げる。……戴冠式には出席できず、申し訳ないことをした」
リアナは無難な微笑みを浮かべた。
「家庭教師と竜騎手 と巫女姫が手を組んで、わたしを暗殺しようとしたんです。いらっしゃらなくて幸いだったわ」
「それはそれは」
妖精王はゆったりと言った。「その者たちはどうなった?」
「教師と竜騎手は、制圧のときに死にました。巫女姫は捕えて貴人房におります」
妖精王はうなずいた。「母親に似て、敵の多い治世をしているようだな」
そして、まじまじとリアナを見つめた。紅い目に凝視されると、どうにも落ち着かない気分をおぼえる。
(
もちろん、エリサ王は大陸中にその悪名をとどろかせた覇王だそうだから、目の前の王がそれを知っているのは不思議ではない。だが――
「あの……?」
竜族の王リアナは、王佐である南部領主のエサル公を
目の色に合わせて仕立てられたイーゼンテルレの最新流行のドレスは、黒を基調にスミレ色がアクセントになった大人っぽいものだった。えりぐりも、背中の開きも大きくて、腰の後ろはふんわりと盛り上がって大きなリボンとひだ飾りで装飾されている。エサルも王に合わせて黒い騎兵隊風のジャケットと白のズボン姿で、サーベルを腰に下げている。完璧な一対の組み合わせに、宮廷人たちが大いにざわめいた。
「
「それに、あなたのその格好も。デイミオン卿が見たら激怒しそうだ。なわばりを守る雄竜みたいな男だからな」
「どうかしらね」
にっこりと微笑みながら、口の端だけを小さく動かしてそう返す。実際のところ、これほどあからさまに〈
いま、栄華を極めるアエディクラ宮廷の最先端は「素朴な農村風」であるらしい。もっとも、その風景はリアナの知る「素朴」とも「農村」ともかけ離れていた。灯りだけでも数えきれない種類がある――整えられた庭園を何列にも連なって飾るランタン、円柱のくぼみに灯されたガラスのランプ、色つきの水がおどる噴水に華やかな色絵の灯影をともすシャンデリア。
各
ガエネイス王と廷臣たちは、妖精王の宮廷を模したというきらきらしい衣装を身につけていた。サテンと宝石で木の葉や朝露を表現した凝ったもので、仮面とあわせて魔物や小妖精、さまざまな竜といった生き物に見立てられている。やはり、権勢という点では、イーゼンテルレの大公夫妻よりもはるかに勝っているように見える。
一方、オンブリア内ニザラン
「あれがニザランの王なの?」
驚きを口に出さないようにするには、かなりの自制心が必要だった。「
竜族の男
じゃないの」「
「もっとも、俺も見るのははじめてだよ。めったに自分たちの宮廷から出てこないんだ」
リアナは思いきって挨拶に行くことにした。この新しい王にはちょっとした借りがある――王の交代にともなう親書を急がせ、それを使って五公たちに、ニザランがオンブリアの新王に恭順であることを示したのだ。もっとも、そのほとんどがはったりで、デイミオンの協力がなければ破綻していただろう。要するに、手紙を体よく使っただけだ。
「〈
呼びかけると、均整の取れた長身がふりむいた。コーヒー色の肌に銀髪、紅い目という珍しい取りあわせで、真紅の
「竜王陛下」
声も姿も若々しいが、振りかえる一瞬の動作の落ち着きに、老成した雰囲気があった。
リアナはふと、小さいころよく養父にねだったおとぎ話を思い出した。妖精の国の女王さまという、いかにも幼い女の子が好きな話だった。まだ王にも王太子にもなる前、里が襲撃を受けた翌日に、ほかならぬエサルの館でデイミオンにも披露したことがある。
――オンファレ女王はね、妖精国の〈冬の女王〉なの。冬の妖精王が、次の女王を選んだのよ。オンファレ女王は人間なんだけど、小さい頃に
それは、竜の国オンブリアもまた「王家」がない、ということの説明を受けたときに彼女が語った話なのだった。当のデイミオンには、「くだらんおとぎ話などしている暇はないんだぞ」と一喝されてしまったような気がする。
(ずいぶん、遠くまで来てしまった気がするわ)
「即位をお
リアナは無難な微笑みを浮かべた。
「家庭教師と
「それはそれは」
妖精王はゆったりと言った。「その者たちはどうなった?」
「教師と竜騎手は、制圧のときに死にました。巫女姫は捕えて貴人房におります」
妖精王はうなずいた。「母親に似て、敵の多い治世をしているようだな」
そして、まじまじとリアナを見つめた。紅い目に凝視されると、どうにも落ち着かない気分をおぼえる。
(
母親に似て
?)もちろん、エリサ王は大陸中にその悪名をとどろかせた覇王だそうだから、目の前の王がそれを知っているのは不思議ではない。だが――
「あの……?」