1-2. ライダーになりたい

文字数 2,513文字

 しばらく眺めていると、数分もしないうちに発着場に一匹の竜が到着した。ヒョウ、と風を切る音がしたと思ったら、ばさばさと羽の音が大きく聞こえ、眼下からぬっと姿を現す。

「お、リアナじゃん」
 竜の背から若い男の声が降ってくる。「朝からどしたの」

「シマジ」
 笑顔で答える。「そっちこそ早いね、朝からおつかれさま」
「シマジはそいつの名前だけどな」

 青年が後ろ手に指した飛竜(ヒリュウ)が、大人の背丈にもう一人子どもを肩車したほどのところにある頭をふり向けた。淡い茶色の身体に、首周りをネックレスのように囲む黄色い(しま)がチャーミングで、見た目通り茶目っ気のある性格の竜だ。
「うん知ってる、ケヴァンもおはよう」
「俺より竜が先なのかよ、知ってるけどな」
 ケヴァンと呼ばれた青年が苦笑しながら降りてきた。

「おはようっつか、

なんだ。これは昨日着くはずの荷物だったんだけど。検問が厳しくてあっちを()つのが半日遅れたんで」
 言いながら、さっさと手綱(たづな)をはずして杭につなぐ。寒さを防ぐ革の防護服といかついゴーグルが、いかにも竜乗りの格好だ。そこそこの長旅だったらしく、動作のついでに肩や腕をまわしている。居あわせたよしみで、リアナも荷おろしを手伝ってやった。彼女の仕事は繁殖と飼育のほうが主だが、ケヴァンのような竜乗りは里の若衆のなかにも数人しかおらず、あこがれの的だ。

「おまえは、ほんといつも発着場にいるよなぁ。……やっぱり、まだ竜乗り目指してんのか?」
 青年が尋ねた。
「『まだ』じゃなくて、現在進行形で、ずっと、よ」
「そりゃいいが、親父がうんとは言わないだろ?」
「ケヴァンからも里長(さとおさ)に言ってよ。わたしだって竜乗りになれるって」
 ケヴァンの父は里長で、里の騎手たちのまとめ役でもある。

「何度も言ってるけど、なりたいからってなれるもんじゃないんだぞ、

は生まれたときから決まってるんだ」青年はもったいぶって説明をはじめた。

「……力ある竜、つまり

の言葉を聞くことができれば〈聞き手(リスナー)〉、古竜に命じることができれば〈呼び手(コーラー)〉。そして、古竜に乗れるものだけが〈乗り手(ライダー)〉だ。……百人の赤ん坊のなかで、ライダーはたった一人か、二人だっていうぞ?」
「わたしだって竜の言葉がわかるし、言うことだって聞かせられるんだから。少なくとも、ぜったいに〈呼び手(コーラー)〉より上よ!」
 主人の言うことが分かったわけでもないだろうが、肩の上の仔竜が「ぴい!」と追随(ついずい)した。
「それにだいたい、飛竜に乗るだけの『竜乗り』なら、別に〈乗り手(ライダー)〉である必要はないじゃない。ケヴァンだってコーラーだし……」
 リアナは言いつのった。「若衆だって、ほとんど〈呼び手(コーラー)〉か、〈聞き手(リスナー)〉なんでしょ?」
「ったりまえだろ。この里で〈乗り手(ライダー)〉なのは、うちの親父だけなんだ。ケイエまでいかなきゃ、ほかの〈乗り手(ライダー)〉にはお目にかかれねぇよ」
「それは、里が狭いからだよ。ほかの場所にはもっとたくさん、〈乗り手(ライダー)〉がいるんでしょ?」
「うーん……まぁ王都のほうじゃ、女の〈乗り手(ライダー)〉も珍しくないっていうけど……」青年は言葉をにごした。

「才能はともかく、このあたりじゃ、仕事にするのはやっぱ危ねぇよ。国境沿いだから、人間たちの飛行船が飛んでるし、デーグルモールだって出るんだぞ?」
 そういうと、手をくちばしのように動かして、恐ろしげな鳴き声を真似してみせる。
「おまえなんか、あのゾンビの群れにかかったら、ひと噛みでぱくり、だ」
 リアナは肩をすくめた。「そんな子どもだまし、怖くないもん。……それにわたし、ほかの才能もあるんだよ。ケヴァンも知ってるでしょ?」
「ああ、なんだっけ……あの人間磁石か?」
 ケヴァンはいかにも思いだすのに時間がかかったという顔をした。

「違うよ!」リアナは腕をふって否定した。「知ってるくせに、いじわるばっかりいう」
「ほら、じゃ、やってみせな」
 ケヴァンは妹をからかう兄のような口調になった。積荷のなかをごそごそとあさって、幅広のリボンを取りだすと、少女の目を覆って後ろで結んだ。おもむろに細い肩を両手でつかんで、くるくるとまわす。
「目が回っちゃう!」リアナが抗議した。
「さあ、未来の〈乗り手(ライダー)〉さん、都はどっちの方角でしょうか?」
 笑いまじりの声が降ってくる。リアナは目隠しのまま少し考えて、「あっち」と指をさした。青年は少し考え、発着場からの方角を検証した。
「正解。……久しぶりに見たけど、なかなかすごいよな。平衡感覚みたいなもんなのかな」言いながら、目隠しをはずしてくれる。
「違うってば……ほんとに、北、っていうか、王都タマリスの方角がわかるの。引っぱられるみたいな感じで……」
 言いながら、リアナはふと胸を押さえた。どきどきと速まって、耳の奥でごうっと血の流れる音がする。

(……なに……?)
 



「はいはい、すごいすごい」
 ケヴァンは本気にしていない。「ほら、これはやるよ」
「もう。本当のことなのに」リアナはふくれていたが、ラベンダー色のきれいなリボンを見て現金な笑顔になる。「めずらしい、飴じゃないものくれるなんて、ケヴァン太っ腹だね」
「飴ってな、おまえいつまでも子どもじゃねぇんだから……」
 まじまじとリボンを見つめるリアナを、青年は苦笑を浮かべて見下ろした。「あしたが成人の儀だろ? おめでとさん」
 
 ケヴァンが荷を下ろしに飛竜を連れて行ってからも、しばらくの間リアナはその場でイニの竜が見えないか待っていたが、それも飽きてきて結局待つのはやめることにした。イニどころか他の竜も一頭も現れない。ケヴァンの言っていた検問のせいかもしれない。岩のでっぱりから腰を上げてスカートを軽くはたくと、きびすを返した。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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