6-2. 鉄(くろがね)の妖精王 ②
文字数 2,132文字
背丈も服装もちぐはぐな、仮装行列のような集団だ。黒いカマキリめいた男が、天幕のように大きな日傘をさしかけている。ふくらんだカボチャのようなドレスの貴婦人。巨大な釘頭のような帽子の貴公子。奇妙なハープをかかえたアオサギに似た楽師。はねまわる道化師。
それは、イーゼンテルレで人間の王ガエネイスと廷臣たちが身にまとっていた仮装に、たしかに似ている。かれらの考える「妖精の国」風の衣装は正しかったわけだが、どうにも奇抜な印象がぬぐえなかった。しかし、人間か竜族ではある。デーグルモールのような人外ではない。
列のなかほどにいた、ひときわ背の高い男が、真っ赤なドレスの少女をエスコートしてこちらに歩いてきた。
〈鉄 の妖精王〉は、デイミオンと並んでも遜色ないほどの長身で、肌は浅黒く、髪は白銀、目はマルベリーの赤。イーゼンテルレで見たときは赤の長衣 姿だったが、今日は濃灰色の軍服を着ていた。
(これが、〈黄金賢者〉マリウス……反逆者マリウスだというの?)
エサルたちが気づかなかったということもそうだが、そもそも目の前の男はどう見ても男盛りの年齢で、初老にさしかかっていたというマリウスとは見た目の年齢が違いすぎる。
(容姿を変える? 若返る? いくら『妖精の国』だからって、そんなの、突拍子もなさすぎるわ……単なる後継者とか、そういう話ではないの?)
「わが君」王は、孫娘に対するように隣の少女に話しかけた。
「わが君にご紹介しよう。こちらはオンブリアの白の女王、リアナ。そしてフィルバート卿だ」
見たところリアナよりもさらに幼い少女が、こくんとうなずいた。
「ご紹介たまわり恐縮ですが、王よ」フィルが鋭く進言する。「リアナ陛下はオンブリアの
「そもそも、まずわたしに紹介があるべきじゃないかしら?」
リアナは、デイミオンを真似た威圧的な声をつくった。「ここはオンブリアの自治領で、あなたがたはその王。そしてわたしはオンブリアの王なのよ」
本心としては挨拶も紹介もまったく気にならないが、宮廷では儀礼こそ剣と肝に銘じている。要するに、初っ端からナメられるわけにはいかないのだ。
しかし、どうやら妖精の国ではそうでもないらしい。
〈鉄の王〉は面白そうに目をきらめかせ、隣の女王はいぶかしげな顔をした。「ただ王と呼ぶのでは、誰が王かわからぬのではないか? 不便ではないのか?」
「〈先人たち〉はつねにそう呼んできたのだが、わが女王の許しが得られれば、そうしよう……いかがかな、マドリガル、わが君?」
「かまわぬ」
つんつんとあらゆる方向にはねる赤い短髪。女王と呼ばれた少女は青と黄のオッドアイの持ち主だった。そのせいか、どこかびっくりしたような顔に見える。
「竜王リアナ陛下」
〈鉄の王〉は、完璧な竜族風のアクセントとおじぎで、そう呼びかけた。「こちらは、〈夏の宮廷〉の支配者、女王マドリガル。そして私は、〈鉄の宮廷〉の王イノセンティウス」
「ご紹介ありがとう。あなたのことは存じています」
リアナの言葉に、王は微笑んだ。「そうは思えぬな」
謎めいた返答に若干の怒りを感じながらも、表面上は穏やかに述べる。
「療養のための滞在を受け入れてくださり、感謝しています。イノセンティウス王」
彼女が差しだした手を取って、王は優雅な口づけを贈った。王がニザランまでの旅路についてたずね、リアナは対外用に取りつくろったエピソードをひとつふたつ披露した。
野外ということをのぞけば、それは完璧なオンブリア宮廷のやりとりだった。
女王は小さなパンケーキをひとつずつ指先でつまんで、塔をこしらえていた。なにか儀礼的な意味があるのかと、リアナは失礼にならない程度に凝視したが、どうやらただ単に遊んでいるだけらしい。
「舟遊びをしよう」女王が唐突に言った。
「え?」リアナは眉を寄せて聞き返した。
「舟遊びじゃ」子どもに言い聞かせるように、女王は繰りかえす。「王が四人もいる。みんなで舟遊びがしたい。鰐 を探すんだ」
「鰐 はそろそろ冬眠に入っておりますな、わがきみ」王が優しく諭した。「炬燵 舟はいかがかな? お好きでしょう」
「炬燵舟じゃ!」左右異なる色の瞳がきらきらと輝いた。「鰐はなしじゃ。炬燵舟にしよう。あれはいい、余はあれは好きじゃ。イニ、いつやろう?」
(イニ?)リアナは一瞬、不審に思った。〈鉄の王〉の名、イノセンティウスの愛称なのだろうが――
王がなにごとか答えてやると、女王は「では、決まりじゃ、諸君」と言ってぱっと立ちあがった。そして、別れの挨拶をするまもなく従者たちと去っていった。
気まぐれな猫のような女王がいなくなると、場は静かになった。
リアナは茶器をテーブルに戻して居住まいをただした。〈鉄の王〉には聞きたいことが山ほどある。オンブリアの反逆者であることは、最初の話題にはふさわしくないかもしれない。おそらく最初は、フィルバートとの関係からはじめるべきだろう。いったいこの二人がなぜ知己であるのか、アエディクラとの関係、それにもちろん彼女を治療したのが誰かも――
そう考えて首を動かすと、そこにはもう、ニザランの森はなかった。
それは、イーゼンテルレで人間の王ガエネイスと廷臣たちが身にまとっていた仮装に、たしかに似ている。かれらの考える「妖精の国」風の衣装は正しかったわけだが、どうにも奇抜な印象がぬぐえなかった。しかし、人間か竜族ではある。デーグルモールのような人外ではない。
列のなかほどにいた、ひときわ背の高い男が、真っ赤なドレスの少女をエスコートしてこちらに歩いてきた。
〈
(これが、〈黄金賢者〉マリウス……反逆者マリウスだというの?)
エサルたちが気づかなかったということもそうだが、そもそも目の前の男はどう見ても男盛りの年齢で、初老にさしかかっていたというマリウスとは見た目の年齢が違いすぎる。
(容姿を変える? 若返る? いくら『妖精の国』だからって、そんなの、突拍子もなさすぎるわ……単なる後継者とか、そういう話ではないの?)
「わが君」王は、孫娘に対するように隣の少女に話しかけた。
「わが君にご紹介しよう。こちらはオンブリアの白の女王、リアナ。そしてフィルバート卿だ」
見たところリアナよりもさらに幼い少女が、こくんとうなずいた。
「ご紹介たまわり恐縮ですが、王よ」フィルが鋭く進言する。「リアナ陛下はオンブリアの
唯一の
王です。竜王リアナ陛下とお呼びくださいますように。白の女王ではなく」「そもそも、まずわたしに紹介があるべきじゃないかしら?」
リアナは、デイミオンを真似た威圧的な声をつくった。「ここはオンブリアの自治領で、あなたがたはその王。そしてわたしはオンブリアの王なのよ」
本心としては挨拶も紹介もまったく気にならないが、宮廷では儀礼こそ剣と肝に銘じている。要するに、初っ端からナメられるわけにはいかないのだ。
しかし、どうやら妖精の国ではそうでもないらしい。
〈鉄の王〉は面白そうに目をきらめかせ、隣の女王はいぶかしげな顔をした。「ただ王と呼ぶのでは、誰が王かわからぬのではないか? 不便ではないのか?」
「〈先人たち〉はつねにそう呼んできたのだが、わが女王の許しが得られれば、そうしよう……いかがかな、マドリガル、わが君?」
「かまわぬ」
つんつんとあらゆる方向にはねる赤い短髪。女王と呼ばれた少女は青と黄のオッドアイの持ち主だった。そのせいか、どこかびっくりしたような顔に見える。
「竜王リアナ陛下」
〈鉄の王〉は、完璧な竜族風のアクセントとおじぎで、そう呼びかけた。「こちらは、〈夏の宮廷〉の支配者、女王マドリガル。そして私は、〈鉄の宮廷〉の王イノセンティウス」
「ご紹介ありがとう。あなたのことは存じています」
リアナの言葉に、王は微笑んだ。「そうは思えぬな」
謎めいた返答に若干の怒りを感じながらも、表面上は穏やかに述べる。
「療養のための滞在を受け入れてくださり、感謝しています。イノセンティウス王」
彼女が差しだした手を取って、王は優雅な口づけを贈った。王がニザランまでの旅路についてたずね、リアナは対外用に取りつくろったエピソードをひとつふたつ披露した。
野外ということをのぞけば、それは完璧なオンブリア宮廷のやりとりだった。
女王は小さなパンケーキをひとつずつ指先でつまんで、塔をこしらえていた。なにか儀礼的な意味があるのかと、リアナは失礼にならない程度に凝視したが、どうやらただ単に遊んでいるだけらしい。
「舟遊びをしよう」女王が唐突に言った。
「え?」リアナは眉を寄せて聞き返した。
「舟遊びじゃ」子どもに言い聞かせるように、女王は繰りかえす。「王が四人もいる。みんなで舟遊びがしたい。
「
「炬燵舟じゃ!」左右異なる色の瞳がきらきらと輝いた。「鰐はなしじゃ。炬燵舟にしよう。あれはいい、余はあれは好きじゃ。イニ、いつやろう?」
(イニ?)リアナは一瞬、不審に思った。〈鉄の王〉の名、イノセンティウスの愛称なのだろうが――
王がなにごとか答えてやると、女王は「では、決まりじゃ、諸君」と言ってぱっと立ちあがった。そして、別れの挨拶をするまもなく従者たちと去っていった。
気まぐれな猫のような女王がいなくなると、場は静かになった。
リアナは茶器をテーブルに戻して居住まいをただした。〈鉄の王〉には聞きたいことが山ほどある。オンブリアの反逆者であることは、最初の話題にはふさわしくないかもしれない。おそらく最初は、フィルバートとの関係からはじめるべきだろう。いったいこの二人がなぜ知己であるのか、アエディクラとの関係、それにもちろん彼女を治療したのが誰かも――
そう考えて首を動かすと、そこにはもう、ニザランの森はなかった。