7-1. 解き放たれて ①
文字数 2,141文字
「デイミオン! アーダル!」
青いモザイク飾りの、なかば崩落しかかった丸天井を、さらに黒竜アーダルが破壊しつくしながら降下していく。雨とともに落ちる、まさに生きた嵐のような巨大な姿。リアナは衝動的に彼らを追っていこうとしたが、はっと思いなおした。シーリアの力に引かれていったナイルを止めなければ。
新しい〈呼 ばい〉の絆が、彼の位置を伝えてくる。アーダルたちが落ちたドームと似ているが、より小さく、完全な形の丸天井の上で、勢いあまってぐるぐると周囲を回転している。その真下に、シーリアがいる。そして、メドロートを殺した人間たちもいるに違いない。
〔ナイル!〕リアナは呼んだ。〔行ってはだめ! ナイル!〕
だが、呼びかけは無視された。飛竜は一度、高く天空に飛びあがってから、川に向かって流れ落ちる滝のようにまっすぐに、円天井に向かって飛びこんでいった。
驚くほど鮮明に、そのイメージが目に浮かんでくる。
薔薇窓 が、まるで雪解けの朝の霜のようにやすやすと割れ、その音楽的な響きが広間を満たす。
ガラスの破片が、光を反射して輝きながら舞い散った。兵士たちは頭上をかばいながら逃げまどう。そのきらきらした、奇妙に絵画的な光景のなかを、小柄な竜が踊るように舞い降りてくる。その背中には、亜麻色の髪の青年がまたがっている。
驚きと恐怖に見開かれた兵士たちの目さえ、リアナは見ることができた。
〔行かなくちゃ、ナイルを止めないと。あのままでは人間たちに捕まってしまう!〕
目に入ってくる雨を手で防ぎながら言う。しかし、呼びかけた古竜は強い拒否の波長を返した。〔ダメ!〕
〔どうして!? ルル!〕
〔コマンダーの安全はつねにもっとも優先されます〕
〔ライダーの命令なのよ!〕
〔いいえ。いいえ。いいえ〕
〔なんて子なの! じゃあ、いいわよ! 一人で行くから〕
古竜はシューッと威嚇の音を出して警告した。〔いいえ! いいえ! いいえ!〕
そして細い首をめぐらせて向きを変え、流れるようにするりと逆方向に飛びはじめた。
〔ルル! やめなさい! 戻って!〕
アーダルを制御するデイミオンのように、自分も〈呼 ばい〉の力を使ってレーデルルに命令を聞かせようと試みるが、できない。これまでは、ほとんどリアナの意志に共調してきたから、こんなふうに命令を聞かせる必要がなかった。もっと早くから訓練していれば、違ったかもしれないのに。
後悔しても、もう遅い。制止の効果もなく、レーデルルは迷いなく遺跡を逆向きに飛び、その始点のあたりで止まった。横殴りの雨のなか、用心深く周囲をうかがっている気配が伝わってくる。リアナの目からは、ところどころに残る水道橋が、アーダルが飛びこんでいった大きなドームまでを指示しているように見える。そしてそこからやや手前に離れて、ナイルと飛竜が引き寄せられていった小ドーム。自分たちの位置からは、一キロ以上離れているように見える。
(どうしたらいいの)
デイミオンを待つべきだろう、と思う。こんな風に分散してしまってはダメだ。彼と合流して、ナイルとシーリアを救出する。どんな敵がいるかもわからない以上、高い攻撃能力を持つアーダルが必要なはず。なぜなら、白竜には人間に対する攻撃能力がないからだ。
(でも、待っていたら、ナイルが……)
メドロートの死が罠で、シーリアを使ってナイルをおびき寄せているのだとしたら。首を振って恐ろしい考えを脇に押しやった。たとえナイルがどれほどの危機的な状態にあったとしても、自分は王で、軽率な行動は全員をより大きな危険にさらすことになりかねない。
それでも、自分が助けられるかもしれない者が傷つくことには、どうしても耐えられない。炎のなかで殺されていった里人たち。ケイエまで助けに行ったのに、あと一歩で連れ去られてしまった子どもたち。見知った人を失いたくないという思いは、彼女にとって、ほとんど背筋を凍らせる恐怖に等しかった。
勇気と義憤からというよりは、その恐怖から逃れるために、リアナは竜の背から飛び降りた。
〔ダメ!〕ルルが叫ぶ声が、直接頭にひびく。
続いて、ばたばたとうるさいほどに服と髪をなぶっていく雨と風。こんなに強い力なのに、これだけでは落下をとどめることができない。額にぐっと集中して、手を前に出し空気の層に作用する。雨粒の一滴一滴までも見え、落下の勢いは弱まり、地面がどんどんと頭上に近づく。そう、頭から落ちている。
姿勢を変えようとじたばた動いてみるが、頭というのは思ったよりも重いらしい。まるでリボンのついた飴の包み紙のように、重みのある部分がまっさきに落ちていく。空気の層を分厚くしているせいで身体ががたがたと揺れ、頭から落ちているせいでめまいがしてきた。落下。そして、地面まで――
――着地!
体勢を変えることはできなかったが、かろうじて接地の瞬間に横向きに転がることに成功した。ごろごろとみっともなく転がり、この様子をデイミオンやグウィナに見られていなくてよかったと心底思った。空気とその流れをつかさどる白竜のライダーがこのありさまでは、死ぬほど笑われるだろう。
泥にまみれて、リアナは立ちあがった。
さあ、走ろう。行かなくては。
〔ナイル!〕
青いモザイク飾りの、なかば崩落しかかった丸天井を、さらに黒竜アーダルが破壊しつくしながら降下していく。雨とともに落ちる、まさに生きた嵐のような巨大な姿。リアナは衝動的に彼らを追っていこうとしたが、はっと思いなおした。シーリアの力に引かれていったナイルを止めなければ。
新しい〈
〔ナイル!〕リアナは呼んだ。〔行ってはだめ! ナイル!〕
だが、呼びかけは無視された。飛竜は一度、高く天空に飛びあがってから、川に向かって流れ落ちる滝のようにまっすぐに、円天井に向かって飛びこんでいった。
驚くほど鮮明に、そのイメージが目に浮かんでくる。
ガラスの破片が、光を反射して輝きながら舞い散った。兵士たちは頭上をかばいながら逃げまどう。そのきらきらした、奇妙に絵画的な光景のなかを、小柄な竜が踊るように舞い降りてくる。その背中には、亜麻色の髪の青年がまたがっている。
驚きと恐怖に見開かれた兵士たちの目さえ、リアナは見ることができた。
〔行かなくちゃ、ナイルを止めないと。あのままでは人間たちに捕まってしまう!〕
目に入ってくる雨を手で防ぎながら言う。しかし、呼びかけた古竜は強い拒否の波長を返した。〔ダメ!〕
〔どうして!? ルル!〕
〔コマンダーの安全はつねにもっとも優先されます〕
〔ライダーの命令なのよ!〕
〔いいえ。いいえ。いいえ〕
〔なんて子なの! じゃあ、いいわよ! 一人で行くから〕
古竜はシューッと威嚇の音を出して警告した。〔いいえ! いいえ! いいえ!〕
そして細い首をめぐらせて向きを変え、流れるようにするりと逆方向に飛びはじめた。
〔ルル! やめなさい! 戻って!〕
アーダルを制御するデイミオンのように、自分も〈
後悔しても、もう遅い。制止の効果もなく、レーデルルは迷いなく遺跡を逆向きに飛び、その始点のあたりで止まった。横殴りの雨のなか、用心深く周囲をうかがっている気配が伝わってくる。リアナの目からは、ところどころに残る水道橋が、アーダルが飛びこんでいった大きなドームまでを指示しているように見える。そしてそこからやや手前に離れて、ナイルと飛竜が引き寄せられていった小ドーム。自分たちの位置からは、一キロ以上離れているように見える。
(どうしたらいいの)
デイミオンを待つべきだろう、と思う。こんな風に分散してしまってはダメだ。彼と合流して、ナイルとシーリアを救出する。どんな敵がいるかもわからない以上、高い攻撃能力を持つアーダルが必要なはず。なぜなら、白竜には人間に対する攻撃能力がないからだ。
(でも、待っていたら、ナイルが……)
メドロートの死が罠で、シーリアを使ってナイルをおびき寄せているのだとしたら。首を振って恐ろしい考えを脇に押しやった。たとえナイルがどれほどの危機的な状態にあったとしても、自分は王で、軽率な行動は全員をより大きな危険にさらすことになりかねない。
それでも、自分が助けられるかもしれない者が傷つくことには、どうしても耐えられない。炎のなかで殺されていった里人たち。ケイエまで助けに行ったのに、あと一歩で連れ去られてしまった子どもたち。見知った人を失いたくないという思いは、彼女にとって、ほとんど背筋を凍らせる恐怖に等しかった。
勇気と義憤からというよりは、その恐怖から逃れるために、リアナは竜の背から飛び降りた。
〔ダメ!〕ルルが叫ぶ声が、直接頭にひびく。
続いて、ばたばたとうるさいほどに服と髪をなぶっていく雨と風。こんなに強い力なのに、これだけでは落下をとどめることができない。額にぐっと集中して、手を前に出し空気の層に作用する。雨粒の一滴一滴までも見え、落下の勢いは弱まり、地面がどんどんと頭上に近づく。そう、頭から落ちている。
姿勢を変えようとじたばた動いてみるが、頭というのは思ったよりも重いらしい。まるでリボンのついた飴の包み紙のように、重みのある部分がまっさきに落ちていく。空気の層を分厚くしているせいで身体ががたがたと揺れ、頭から落ちているせいでめまいがしてきた。落下。そして、地面まで――
――着地!
体勢を変えることはできなかったが、かろうじて接地の瞬間に横向きに転がることに成功した。ごろごろとみっともなく転がり、この様子をデイミオンやグウィナに見られていなくてよかったと心底思った。空気とその流れをつかさどる白竜のライダーがこのありさまでは、死ぬほど笑われるだろう。
泥にまみれて、リアナは立ちあがった。
さあ、走ろう。行かなくては。
〔ナイル!〕