間章 聖女の町 ⑤

文字数 955文字

 竜騎手が悲しげに続ける。「精魂込めてお守りしお育てしたつもりの姫君が、竜王陛下への叛逆を企てるなど、なんたる不面目な……成功しなくてせめてもの幸い……デイミオン殿下の特別のお計らいで恩赦がいただけたからよかったようなものの、そうでなければ名誉ある家から反逆者を出すことになりかねなかった……」

「毎日毎日、春の雨みたいにじめじめと同じことの繰りかえし。思えば貴人牢は静かだったわ。本当に嫌になるわ」

「このような……このような……」どうやら主君を痛罵する語彙が不足しているらしい高貴な騎手のために、ミヤミが助け舟を出した。「幼稚で恥知らずな? 自分大好き? つける薬もないわがまま姫君?」

「おお」オーデバロンは顔をぺろりと撫でた。
「ねえ、缶詰の汁が飛んで、ドレスが汚れたわ」
「おおお……」

 お気の毒に。わがまま姫に振りまわされ、この世の終わりのような顔をしている中年騎手を見かねて、ミヤミはそこそこきれいな布きれを探してアーシャに渡してやった。周囲の予想を裏切るようなとっぴな行動をとることにかけては、彼女の主君も負けていないが、少なくともリアナはこれほどわがままでも幼稚でもないのが救いだろう。徳が高いだの聖女だのと崇めていたさっきの女性たちに、この部屋の惨状をみせてやりたいものだ。

 この女性をタマリスに連れて帰るのは、並大抵の労力では難しそうだ。ミヤミはそう判断したが、不安よりもむしろ使命感のほうが強かった。「自分に与えられる任務を誠実にこなすことが、ひいては〈ハートレス〉全体への偏見を取りのぞくことになる」と、フィルバートさまも言っていたではないか。
 信頼関係、そう、まずはそこからだろう。

   ♢♦♢

 どうにも生活力に欠ける騎手たちを隣の部屋に控えさせて、ミヤミは静かな闘志に燃えてひとまず部屋の片づけをはじめることにした。あきらかにゴミと思われるようなものからまとめて捨てていくが、アーシャは興味もないそぶりで缶詰の桃を食べている。「缶詰なんか食べない」と言ったのはどの口だろうか。

「あなた、デイミオン卿のことをどう思う?」

「は?」竜騎手(ライダー)が見て見ぬふりをせざるを得なかっただろう下着の山を片づけながら、ミヤミは思わず問い返した。「失礼?」

「黒竜大公。摂政王子。あのクローゼットみたいなデカブツよ」
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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