4-1. 再会 ②

文字数 3,193文字

「余が見立てたドレスはいかがかな? 白竜の王よ」

 リアナが妖精王に問いかけようとすると、別の声が近づいてきた。
「ガエネイス陛下」
 
 形よく整えられた漆黒の髪と髭の、小柄な男だ。派手な服と化粧のせいで、舞台俳優のように見える。妖精王はすっと姿を消し、隣に立つエサルがガエネイスにむける緊張が伝わってきた。どんな滑稽な格好をしていようと、破竹の勢いで周辺国に侵攻する恐ろしい支配者なのだ。

「ありがとうございます、陛下。こんなに目のつんだなめらかなシルクサテンは、オンブリアではとても手に入りませんもの」
 リアナは柔和に、だが媚びた印象にならないよう注意して微笑む。鏡の前で毎朝練習している「王様スマイル」だ。

「かつらも贈ったはずだが、気に召さなんだか?」
「いいえ陛下、でもあれを頭に乗せますと、重くて三歩も歩けませんので」リアナは言った。「洗練されない田舎者です、お許しを」
「まこと、あれほどの古竜を動かす力があれば、美貌も愛嬌も飾りにもならん」ガエネイスはのんびりと言った。
「竜族の王は、そのものが兵器と言えよう」

「恐れ入ります。でも、陛下こそ、最強の軍隊をお持ちでは?」リアナはひと息置く。「不死者たちの軍を」

 ガエネイスは口もとに扇をあて、また外した。
「おお、もしそうなら夢のような話だ」

 二人の統治者はお互いの意図を探るように見つめあった。ぱたん、ぱたん。ガエネイスが扇を開いて閉じる音がやけに大きく響く。
「いかがかな、リアナ女王……王たるもの同士、我々も一曲踊ってみては?」
「陛下、どうかわたしのことは『女王』ではなく『王』とお呼びください」
 にっこりと訂正しながら考える。ガエネイス王と一曲のダンス。受けるべきか? いや、断る選択肢はもとよりないのか……

 王が命じると、大きな声でもないのに楽団がぱっと曲を替え、灯りまでもが色を変えた。いったいどんな魔法のような統率力を使っているのやら。

〔気を強く持てよ〕
 エサルが〈()ばい〉を送ってきた。〔王のゲームは、容易(たやす)くないぞ〕

 答える前に、腕が伸びてきてホールドされ、曲がはじまった。

 ガエネイスは小柄で力強く、その動きは機敏だった。剣を持たせてもうまく扱うに違いない。意外なことに、これほど近づいてもほとんど体臭がしなかった。外遊先にさえ幾人もの側室と愛妾を連れてくるような色好みと聞いていたので、さぞ男臭いだろうと身構えていたリアナはやや拍子抜けした。かすかに石鹸と、つんとくるローズマリーの清潔そうな香り。
 なにか気の利いた最初のひと言をと考えていると、それを読んだかのように先に口に出された。

「まずは、謝罪をせねばな。……イーサーの婚礼の晩に、デーグルモールの若君が無礼を働いて、そなたの不興を買ったとか」

 こちらから切りだして、王の反応を見たかったのに。やはり、あちらが一枚上かとリアナはやや失望しながらうなずいた。「ええ」

、どうにも血の気の多い若者でいかん」
 前半の含みには乗らず、あえて別の内容を返した。「

? 陛下より、年上かもしれませんよ。死者は年を取らないそうですから」
(しか)り」
 ガエネイスは、実に面白い冗談を聞いた、というような笑い声を立てた。しばらく二人は黙って踊った。フロアに見たてられた会場は、すでに踊ろうとする人々で満杯になりつつある。護衛のハダルクの警戒するような思念を感じる。王のリードは巧みで、ホールドは押しつけがましくなく、それでいて周囲と接触しないようにうまくリアナを誘導していた。

「余の客の不調法は余の不行き届きでもある」
 曲のテンポが変わり、くるりと回転させられながらステップを踏んで移動していく。足元につい気を取られていたリアナは、王がつづけた言葉に驚いた。
「……リアナ王、もしお望みであれば、かの若者をそちらに引き渡してもよい」

(なんですって……?)
「ほんとうですか、陛下?」
 思わずはっと顔をあげる。渡りに船の申し出ではあるが、あまりに唐突で、なにか裏があるのではと勘繰りたくなる。
「そちらの国に必要な……人材と、思っておりましたが」
 拳ひとつ分ほどの身長差で、間近に目があう。ミヤミに似た、すみずみまで真っ黒な瞳だ。
「無論そうだが、元をただせば貴国のものでもある。不気味な半死者(しにぞこない)といえども」王はにっこりした。

 どういうことなのだろう?
 リアナやエサルの推測では、デーグルモールの背後には人間の国――アエディクラかイーゼンテルレがあり、その軍事的な目的のために、彼らを保護していると見ていた。あの不気味な死にぞこないたちは、竜の力を使えない人間たちの秘密兵器、いわば切り札のはずだった。
(その頭領の息子の身柄を、こちらに手渡す? どういう意図なの?)

「なんて寛大なおはからいなんでしょう、陛下」
 リアナもにっこりした。もう少し情報がなくては。それを聞きだすために、このダンスの曲が今しばらく続くといいが。
 今日の夜会、リアナと側近たちの目的は二つ……
 どうやら後半にさしかかってきたらしく、管楽器が華やかさを増し、テンポが速くなってきた。ダンスは付け焼刃だが、身体を動かすのは得意なほうだ。ガエネイスはその様子を面白そうに眺め、試すように複雑なステップを踏んだ。即興で彼女も合わせる。旋律にうまく合うと、単純に気持ちいい。
 掴んだままの前腕に、ガエネイスが指で軽く合図を送った。次の瞬間、またターンさせられている――勢いのあまり、二人でまわりながらフロアを斜めに移動していく。驚いた貴族たちが、歓声を上げて脇に避けた。
 リアナは竜乗りだ。錐揉(きりも)み降下の訓練で、目を回さずに動くことには慣れている。フロアの人々を、すばやくチェックしていく――ドレス、ドレス、ジャケット、ドレス、騎兵服、ドレス、ルクヴァ……

 そして一瞬、

が見えた。今度こそ、間違いなく。
 円柱が薄暗い影を落とす、飲み物の並んだ卓の近くにいる、すらりとした立ち姿の短髪の男。赤いローブをまとった女性と談笑していたが、彼女の頭ごしに、ちらりとリアナのほうを見た。
 鼓動が早まり、かっと頭に血がのぼるのがわかった。


 
「なにか面白いものでも? リアナ王?」好奇心を含んだ声に、リアナははっとした。ガエネイスに見られている。「いいえ」

 彼をずっと目で追わないようにするのには、最大限の意思の力が必要だった。

 ……髪も肌も日に焼けて、すこし精悍になった。髪は茶色(ブラウン)というより、ほとんど砂色(サンドベージュ)に退色している。長さは前よりもっと短くなって、前髪で隠れていた額が半分ほど見えていた。服だってぜんぜん違う。
 それでも、間違いなくあれは、フィルだ。その姿に胸を締めつけられる。

 
 焦る気持ちを抑えて、なんとか踊り終えたあとには、手が冷たくなるほど汗をかいていた。



 ダンスのあとの休憩を装い、分厚い幔幕(まんまく)に近づく。あらかじめミヤミが下調べしておいたそこに、ルーイが外套(マント)をかぶって待っていた。

〔ルーイ、お願い〕
〔はい、リアナさま〕

 ルーイはマントをすっぽりとリアナにかぶせ、エサルにうなずきかけた。王佐と休憩する名目なら、人目につきにくい露台席にひっこむことができる。この薄闇で、かなり近づかない限り、侍女との入れ替わりは気づかれないだろう。

〔ハダルク卿も。打ち合わせ通りにお願いします〕
 竜騎手との絆からは、「賛同しかねる」というような波長がただよってきていたが、結局は〔……了解いたしました〕と言った。

 エサルとルーイが出ていくのを待って、リアナもそっと会場を出た。追いたてられるように、はやる気持ちを抑えることがもうできない。窓という窓が明るく輝く館のほうへ走りだす。松明のそばを走り抜けるとき、灯りに近づきすぎた蛾がヂッという音を立てて燃え落ちたのが聞こえた。


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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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