最終話 Tell Me a Story ④

文字数 1,115文字

「誰かと契約してパートナーになれば、〈ハートレス〉でも竜術が使えるようになる」しばらくして、フィルが言った。木片にふっと息を吹きかけて屑を飛ばす。
「そんなの知ってるよ」ヴィクは鼻を鳴らした。「でも、その心臓も竜も僕のじゃない。僕がパートナーになったらナイムは喜ぶってみんな言うけど、誰かの心臓の入れ物になるなんてつまらないよ」
「そう」
 あいかわらず気のない返事だ。二個目、そして三個目の精巧な擬似餌が椅子のへりに並べられていった。フィルはナイフの扱いがとてもうまくて、どんなものでもあっという間に削りだして作ってしまう。

「……ナイフに慣れたら、剣もうまくなる?」
「いいや。別物だな」
 ちぇっ、つまらないの。
 竜族は不老長命なんていうけれど、フィルみたいな英雄になるには剣も体術も毎日こなして、それを長年続けなければならないのだ。それなら、最初から次の王に選ばれる人生のほうがずっといい。僕も乗り手(ライダー)に生まれればよかったのに。
「パートナーなんて面倒だ」
 ヴィクはまた草をちぎった。「フィルはそう思ったことないの? 〈ハートレス〉のままだって、英雄だし、〈竜殺し(スレイヤー)〉だし、大貴族だろ」
「俺は自分に満足してるよ」フィルはおだやかに返す。
「やせ我慢じゃない?」ヴィクは身を起こした。
「フィルのパートナーって、あの〈白竜王〉だろ。デイミオンの奥さんじゃんか」
「いまのところはね」
「それなのに、あの人のためにアエディクラとこっちを行き来してさ。そりゃ、白竜のライダーは格好いいけど、あんたになにもメリットはないわけじゃん」少年は言う。「それとも、『パートナーを持てば俺の気持ちがわかる』とか言うわけ?」
「いいや」フィルは笑みを浮かべた。
「俺が彼女を思うような気持ちが、世間にそうそうあったら困る」

「やっぱ、よくわかんないな」ヴィクは首をひねり、できあがった擬似餌を手に取って眺めたりした。
 そのとき、釣り竿がぐっとしなり、二人の会話が破られた。フィルが慎重に竿を引き、ぐいとたぐり寄せるのを、ヴィクは固唾をのんで見まもった。しばらくするとばしゃばしゃという音が響き、魚影が水面にあらわれた。
「すげえ! 大物だ!」
 少年が応援するなか、フィルはすばやく魚を引きあげた。全体が銀鼠色で中央がバラ色をした、宣言どおりのすばらしい(マス)だった。ヴィクははじめての大物にはしゃいで、さっきまでの不機嫌も一瞬忘れるくらいだった。

「大物釣りの鉄則を教えてやろうか?」手際よく魚を締めたフィルバートは、目を輝かせるヴィクに向かって片目をつぶって見せた。

「計画は慎重に、仕掛けは完璧に。それから待って、待って、待つことさ。ひとつのアタリが来るまでね」

【第三部 終わり】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み