9-3. 黒竜VS飛行船 ④
文字数 1,484文字
飛行船のなかでは、王たちの会談が続いていた。
「白竜とその竜騎手 が、わが国に来る……」ガエネイスの目が計算高くきらめいた。
「天候を変え嵐を遠ざけ、豊穣をもたらす竜の力だ。そして、オンブリアの強さの源でもある」
そばで見ている武将にも、王の腹の内はわかった。
諸侯に貸し出せば王の威光が強まるし、税収の増加ももちろん期待できる――
リアナはまだ、黙ったままそれを聞いている。
王は続ける。
「……竜族の小麦は、われわれのものよりずっと背丈が低く、収穫量が多い。あの小麦をわれらの土地に蒔 いても、翌年同じ小麦は実らない。これを魔法と言わずしてなんと言おう?」
リアナは間を置いて言った。「わたしの一族は、北に巨大な種子貯蔵庫を持っている。国内の諸侯と同じ条件で、それを貸し出します。そしてわたしがライダーとして、収穫までの天候に責任を持つ」
「……リアナ王。貴殿は余のほしいものを、正しく理解なさっているとみえる」
ふたりの王、あるいは片方はすでに王ではないというべき少女は、お互いに探るように見つめあった。最終的に間をやぶったのはガエネイスのほうだった。
「……よかろう」王は身をただした。
「条件を詰めよう。おたがいに納得できれば、停戦に応じる」そして、小姓に命じる。「羊皮紙とペンを持ってきなさい。余の印章も」
リアナはとめていた息をそっと吐いた。フィルはまだ状況をひっくり返したそうな顔をしているが、ひとまず思い描いていた展開になった。あとは条件だが……これは自分一人では手にあまる。おそらく、一度ケイエに降りて両国の法律に強い官僚を探す必要があるだろう。そう、たとえば、ファニーのような……
そのとき、船が衝撃で大きく揺れた。リアナは思わず円卓のはじをつかむ。
「なに!?」
「状況を確認してこい」王が小姓に命じた。フィルが剣を下げたままリアナにはりつく。ニエミも立ちあがって、二人でリアナを守る態勢についた。
(そうか、この隙に小姓が助っ人を呼んできたら、わたしたちが確保されるかもしれないんだわ)
停戦にむけてせっかく話が進んでいたのに、状況がまた動いてしまった。
「どうやら、黒竜大公はこの船を落とすつもりらしい」ガエネイスが立ちあがった。
「残念ながら、余は応戦せねばならん。心配せずとも、ここにいる将官はクルアーンだけで、あとは火器を扱う専門の兵士だ。この状況で、貴殿たちを捕縛はできん。船が落ちないよう協力してくれ」
「わかったわ」
リアナとしても、いまガエネイス王に死なれては困る。王が部屋を出て指揮に向かうと、フィルとニエミに挟まれるようにしてあとに続いた。空気が煙臭い。眼下は戦争というよりも、むしろ山火事のように見える。風向きがかわって煙が流れると、黒竜たちの群れが姿をあらわした。
手すりをつかみ、首をめぐらしてその姿をとらえようとする。
「アーダル!」ひときわ大きい竜の姿に、リアナは叫んだ。同時に、ずぅんと腹にくるような衝撃がおそった。船が横揺れしているが、被弾はしていない。見ると、甲板の中央に三名ほどの兵士が集まって、ほかの兵士たちに守られながらぶつぶつとなにかを呟いている。その指の形と詠唱に覚えがあった。こちらにも〈呼び手 〉はいるというわけだ。別の兵士たちがさらに甲板の先の砲台に走っていったかと思うと、しばらくして轟音と大量の煙とともに発射された。大砲も、飛行船そのものも、衝撃で背後に大きく動くほどだった。
アーダルが暴走している、と直感的にわかった。デーグルモールたちとの戦いや、アエンナガルに向かう途中でのように、ライダーが制御を失っている。
「白竜とその
「天候を変え嵐を遠ざけ、豊穣をもたらす竜の力だ。そして、オンブリアの強さの源でもある」
そばで見ている武将にも、王の腹の内はわかった。
諸侯に貸し出せば王の威光が強まるし、税収の増加ももちろん期待できる――
リアナはまだ、黙ったままそれを聞いている。
王は続ける。
「……竜族の小麦は、われわれのものよりずっと背丈が低く、収穫量が多い。あの小麦をわれらの土地に
リアナは間を置いて言った。「わたしの一族は、北に巨大な種子貯蔵庫を持っている。国内の諸侯と同じ条件で、それを貸し出します。そしてわたしがライダーとして、収穫までの天候に責任を持つ」
「……リアナ王。貴殿は余のほしいものを、正しく理解なさっているとみえる」
ふたりの王、あるいは片方はすでに王ではないというべき少女は、お互いに探るように見つめあった。最終的に間をやぶったのはガエネイスのほうだった。
「……よかろう」王は身をただした。
「条件を詰めよう。おたがいに納得できれば、停戦に応じる」そして、小姓に命じる。「羊皮紙とペンを持ってきなさい。余の印章も」
リアナはとめていた息をそっと吐いた。フィルはまだ状況をひっくり返したそうな顔をしているが、ひとまず思い描いていた展開になった。あとは条件だが……これは自分一人では手にあまる。おそらく、一度ケイエに降りて両国の法律に強い官僚を探す必要があるだろう。そう、たとえば、ファニーのような……
そのとき、船が衝撃で大きく揺れた。リアナは思わず円卓のはじをつかむ。
「なに!?」
「状況を確認してこい」王が小姓に命じた。フィルが剣を下げたままリアナにはりつく。ニエミも立ちあがって、二人でリアナを守る態勢についた。
(そうか、この隙に小姓が助っ人を呼んできたら、わたしたちが確保されるかもしれないんだわ)
停戦にむけてせっかく話が進んでいたのに、状況がまた動いてしまった。
「どうやら、黒竜大公はこの船を落とすつもりらしい」ガエネイスが立ちあがった。
「残念ながら、余は応戦せねばならん。心配せずとも、ここにいる将官はクルアーンだけで、あとは火器を扱う専門の兵士だ。この状況で、貴殿たちを捕縛はできん。船が落ちないよう協力してくれ」
「わかったわ」
リアナとしても、いまガエネイス王に死なれては困る。王が部屋を出て指揮に向かうと、フィルとニエミに挟まれるようにしてあとに続いた。空気が煙臭い。眼下は戦争というよりも、むしろ山火事のように見える。風向きがかわって煙が流れると、黒竜たちの群れが姿をあらわした。
手すりをつかみ、首をめぐらしてその姿をとらえようとする。
「アーダル!」ひときわ大きい竜の姿に、リアナは叫んだ。同時に、ずぅんと腹にくるような衝撃がおそった。船が横揺れしているが、被弾はしていない。見ると、甲板の中央に三名ほどの兵士が集まって、ほかの兵士たちに守られながらぶつぶつとなにかを呟いている。その指の形と詠唱に覚えがあった。こちらにも〈
アーダルが暴走している、と直感的にわかった。デーグルモールたちとの戦いや、アエンナガルに向かう途中でのように、ライダーが制御を失っている。