9-3. 黒竜VS飛行船 ③

文字数 973文字

 デイミオンは二人のたわごとなど聞いていなかった。アーダルとの〈()ばい〉が大きすぎて、ほかのものが頭に入ってこないのだった。竜の思念が、きらめきながら氾濫する川のように、彼のなかに流れ込んでくる。滝に打たれているかのようなのに、もう苦しくはない。
 アーダルの力を制御するために使う手綱のイメージがふっと浮かんですぐに消えた。

。師はいつも、竜術でもっとも基本となるのは制御だと言っていたっけ。
 だが、いまこうやってアーダルの力を身体中に感じているのが心地よく、制御について考えるのをじきにやめてしまった。リアナを失ってからはじめて、胸がすくようなすっきりした感覚を取りもどした気がした。アーダルはいつも存分に力を出しきりたいと思っていた――より原始的な思念のなかでではあるが、アーダルの力は容器の縁までなみなみと注がれた水であり、限界まで引き絞られた弓であり、枝から落ちようとする熟れた果実だった。それらをとどめるためにみずからの精神力をすり減らすことに、デイミオンはすっかり疲れきってしまっていたのだ。

 なぜなら、この世界に彼女がいないとすれば、世界をたもつための(くびき)になることにももはや意味を見いだせないからだった。

 つがいを失った主人(ライダー)の絶望と怒りはアーダルにも伝わった。言葉を介した命令とは違い、深いところで彼の動物的感情と結びつきはじめていた。古竜もまた、生物として

の喪失を恐れる。デイミオンとアーダルは、車の両輪のようにたがいの怒りと不安とを増幅させていった。
 そうやってしだいに、デイミオンはアーダルの炎を自分が生みだしたもののように錯覚しはじめた。……というより、自分の意識がアーダルに引き寄せられて、まるでその一部になったかのように感じていた。
 眼下では山火事が燃えひろがっていたが、モレスク側には無事な軍団の姿もまだあった。青年は

、と思う。
 力が放出され、敵が殲滅されていくことの快感が、しだいに毛布のように自分を落ちつかせていくのが感じられた。高まっていた緊張がほどけ、ぼんやりと穏やかで、満たされた感覚が広がっていった。

 西の空に、茱萸(グミ)の実のような小さなものが浮かんでいるのが見えた。うわさに聞く飛行船だろう。
 あれも燃やそう、とデイミオンは思った。金属と木と布でできた乗り物は、きっとよく燃えるだろう。

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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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