5-1. 掬星城(きくせいじょう) ①
文字数 1,553文字
視界をさえぎるもののない、眼前いっぱいに広がるラベンダー色の夕暮れ。そのなかを飛びつづけていたリアナたちのまえに、王都がついに姿をあらわした。
はるか上空から見下ろすと、王都タマリスは一面の灰色の中の、小さな円のようだった。徐々に近づいていくと、フィルバートが教えてくれた〈カウリオドスの冠〉の意味がわかった。高さの異なった山々が、中央に向かって押し寄せるように連なって円環をなしているさまは、たしかに巨大な冠のようにみえる。王冠になぞらえて、それぞれの山や峰には宝石にちなんだ名がつけられているということだった。たとえば、王冠に囲まれている中央のもっとも高い山は〈金剛山〉といい、王城があるのは〈白金山〉といった具合だ。こんなふうに冠の形に山が並んでいるのは、フィルバートによればかつて、英雄王カウリオドスの住処 だった火山が大爆発をしたためだという。噴火の後に山は崩れてしまい、縁の部分が冠として残り、その中には巨大な窪地ができたといわれているらしい。中央にある金剛山はいまでも噴火を続ける神聖な山で、今ではここが竜祖の御座所 とされている。
高度を下げていくと、夕暮れを落として金色の鏡のように輝く湖や、高い峰の間を流れおちる銀の糸のような滝が見えてきた。竜たちはいっせいに東に旋回し、大きく傾きながら一点を目指す。しだいに、白く明るく輝く点がせまってきて、近づくにつれてそれが、切り立った峡谷の上方に建つ城の灯りだということがわかった。
「あんなに高くにある!」リアナは思わず叫んだ。
「それに、それに……ものすごく大きいわ……!」
「元 は『竜の巣』と呼ばれていたところに建てた山城だからね。“手で星を掬 えるほど高い”という意味で、通称は掬星城 というんです」背中から、フィルバートの声がふってくる。「……さあ、降りますよ」
険しい岸壁となかば一体化しているような砂色の城は、緑青の丸屋根で覆われた居館を中心に塔がそびえ、堅固な山城でありながらも優美さを感じさせた。周囲の岸壁のいたるところに、貝のように上下に口を開けた人口の岩場があるのはなんだろう? ……隠れ里出身のリアナはすぐに思いいたった。どうやら竜たちの発着場らしい。
「あそこに降りるの?」
「いいえ。あの発着場は今日は使いません」フィルが指さす。「あそこが見えますか?」
彼がさした先は、城の頂上にある建造物だった。兵士たちが物見 に使う塔にも似ているが、上部は松明のように燃えていて、煌々 と明るい。位置のせいで城の最上部が照らされる形になっており、かなり広いスペースがあることがわかった。大小の黒い点のようなものが、明かりの下、かすかに動いている。
「うん」
「あれはクローナン王の死をうけて、あらたな王を城に迎えるまで、ああやって昼夜を問わず灯されているんです」
「服喪のために?」
「それもありますが……一番の理由は、諸侯が城に集まるときの目印みたいなものかな。古竜がたくさん集まりますから、広い場所が必要なんです」
「じゃあ、あれは全部――古竜と、ライダーなのね」
「ええ。デイミオンも一足先に着いて、出迎えてくれるはずですよ。彼はあなたの次の継承権を持つ、王太子ですから」
「あっちの、飛竜用の発着場に下りるわけにはいかないの? 出迎えなんて……あの人たちは、わたしが王になると思ってるんでしょ?」
「そうでしょうね」フィルの口調に、面白がるような色が混じる。「でも、あなたは王になりたくない」
リアナは嘆息した。「そうよ」
「どうしてですか? あなたの母親は王だったのに」
「それよ。……養父はわたしの両親について、名前以外、なにも教えてくれなかったわ。それって、王になってほしくないっていうことじゃないの? そもそも、わたしの母親ってどういう人だったの?」
はるか上空から見下ろすと、王都タマリスは一面の灰色の中の、小さな円のようだった。徐々に近づいていくと、フィルバートが教えてくれた〈カウリオドスの冠〉の意味がわかった。高さの異なった山々が、中央に向かって押し寄せるように連なって円環をなしているさまは、たしかに巨大な冠のようにみえる。王冠になぞらえて、それぞれの山や峰には宝石にちなんだ名がつけられているということだった。たとえば、王冠に囲まれている中央のもっとも高い山は〈金剛山〉といい、王城があるのは〈白金山〉といった具合だ。こんなふうに冠の形に山が並んでいるのは、フィルバートによればかつて、英雄王カウリオドスの
高度を下げていくと、夕暮れを落として金色の鏡のように輝く湖や、高い峰の間を流れおちる銀の糸のような滝が見えてきた。竜たちはいっせいに東に旋回し、大きく傾きながら一点を目指す。しだいに、白く明るく輝く点がせまってきて、近づくにつれてそれが、切り立った峡谷の上方に建つ城の灯りだということがわかった。
「あんなに高くにある!」リアナは思わず叫んだ。
「それに、それに……ものすごく大きいわ……!」
「
険しい岸壁となかば一体化しているような砂色の城は、緑青の丸屋根で覆われた居館を中心に塔がそびえ、堅固な山城でありながらも優美さを感じさせた。周囲の岸壁のいたるところに、貝のように上下に口を開けた人口の岩場があるのはなんだろう? ……隠れ里出身のリアナはすぐに思いいたった。どうやら竜たちの発着場らしい。
「あそこに降りるの?」
「いいえ。あの発着場は今日は使いません」フィルが指さす。「あそこが見えますか?」
彼がさした先は、城の頂上にある建造物だった。兵士たちが
「うん」
「あれはクローナン王の死をうけて、あらたな王を城に迎えるまで、ああやって昼夜を問わず灯されているんです」
「服喪のために?」
「それもありますが……一番の理由は、諸侯が城に集まるときの目印みたいなものかな。古竜がたくさん集まりますから、広い場所が必要なんです」
「じゃあ、あれは全部――古竜と、ライダーなのね」
「ええ。デイミオンも一足先に着いて、出迎えてくれるはずですよ。彼はあなたの次の継承権を持つ、王太子ですから」
「あっちの、飛竜用の発着場に下りるわけにはいかないの? 出迎えなんて……あの人たちは、わたしが王になると思ってるんでしょ?」
「そうでしょうね」フィルの口調に、面白がるような色が混じる。「でも、あなたは王になりたくない」
リアナは嘆息した。「そうよ」
「どうしてですか? あなたの母親は王だったのに」
「それよ。……養父はわたしの両親について、名前以外、なにも教えてくれなかったわ。それって、王になってほしくないっていうことじゃないの? そもそも、わたしの母親ってどういう人だったの?」