10-1.あなたを信じてる ③

文字数 1,398文字

 そう答えると、リアナのなかの何かが爆発的に変化した。身体のどこにも感じられなかった竜の力が、燃えさかる炎のように体内をかけめぐる。細胞のひとつひとつが生まれ変わりながら熱をおび、その熱が〈竜の心臓〉に伝わって、これまでにないほど強く脈々と、力が全身に送りこまれていく。青一色の世界に、翼を広げるように一気に白い光が満ちる。フィルの腕がのびてきて、光の中心部がその腕になった。風と光のあまりの強さに、目を開けていられないほどまばゆい。
 自分の胸から取りだされた〈竜の心臓〉は、剣の形をしていた。重力に引きずりこまれているはずなのに、剣が引き抜かれる一瞬、身体がぐっと浮きあがるのを感じた。
 フィルバートの目が自分と同じスミレ色にかわり、そこで時が止まった。
 いや、止まったのは落下だった――〈竜の心臓〉を取り込んだフィルが、空気の流れを変えたのだ。上空に引っぱられ、手をつかまれて、ようやく姿勢が安定した。上下が定まって、空中に浮かぶ姿勢になる。
 もう落ちることはない。フィルバートを通して、レーデルルの存在をすぐ間近に感じた。ルルは飛行船のすぐ上に旋回して、空気の力で衝撃を抑えこんでいた。それでなんとかもちこたえているようだが、アーダルの攻撃に何度も耐えることはできないだろう。
(――行かなくちゃ)
 たぶん、方法はある。いまこの一瞬で思いついただけのものにしても。

 どうやって彼を説得しようかと悩みながら、リアナは呼びかけた。
「フィル」
「――いいえ、無理です」
 まだなにも言っていないのに、フィルは早口で続けた。「アーダルのいる場所まで行くつもりでしょう? でも、彼らのいる上空には酸素がほとんどないはずだ。いいですか、デイミオンは竜の力で酸素を調節しているだろうけど、あなたは呼吸ができなくなって死ぬ。あるいは炎に巻かれるか。たとえ誰がどうなろうとも連れていけないし、〈竜の心臓〉も渡せない」
 そして、苦く微笑んでつけくわえた。「……俺の気持ちとしては。でも、あなたは行くんでしょう?」
「……行かせてくれるの、フィル?」
 口調にも、顔にも、まだ迷いがあった。だがフィルはぐっと唇をかみしめた。
「あなたは何度も俺を信じてくれました。だから俺も信じる。……デイミオンを止めて、助けてください」

 フィルは二人分の体重を抱えて器用に飛び、ほどなくしてオレンジ色に燃え広がりつつある老竜山に近づいた。
「それで、どうするつもりですか?」
「このまま、近くまで連れていって。酸素が薄くなるところで、〈竜の心臓〉ごとわたしを落として」
 フィルが目を見開いた。
「デーグルモールは呼吸を必要としない。たとえ竜の力を使えなくても、死ぬことはないわ」
 死ぬほど無茶だと思っているのはあきらかだったが、青年が口にしたのは制止とは違う言葉だった。

「かならず追いかけて助けます。……手を出して」
 フィルの胸の前に手をのばすと、レーデルルが〈アバター〉と呼んだものが光りながらあらわれた。さっきほどまばゆく強くはなかったが、細身の剣は竜の力の化身であることがわかった。
 それを抜きながら、リアナは問うた。「でも、フィルはどうするの?」
 彼はにっと笑った。「俺は〈ハートレス〉ですよ」
 その不敵な言葉を最後に、フィルは竜の力を失って落ちていった。眼下で指笛の音がして、見る間に一頭の飛竜があらわれ、青年をするりとすくいあげた。

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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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