最終話 Tell Me a Story ③

文字数 1,106文字

 それから一週間ほどが経った、王都タマリスの西部の森。岩山と崖に囲まれて、秘密の場所のような美しい湖がある。

 二つの人影が、やや開けた草むらに見える。一人はアエディクラから戻ってきたばかりのフィルバート。もう一人は少年で、成人の儀まであと二、三年という年頃だろうか。
「もう、やめた!」赤毛の少年が、釣り竿を投げだした。
「朝からやってるのに、小魚一匹釣れないんじゃ、おもしろくないよ」
 草地に寝っ転がって、ふてくされたように草をちぎっていると、隣の簡易椅子に座る男がちらりと視線をよこしてきた。
「ふうん、じゃヴィクは昼食は乾パンと水でいいんだな? 俺は(マス)のローストを食べるけど」
「なんだっていいよ! なんにも食べたくない」
 子どもじみたことを言って腕を枕に横になり、昼寝でもするように目を閉じた。フィルはそれ以上なにか言うことはなく、湖のほうへと目線を戻した。
 男がゆったりと椅子に身を沈めて、竿を前に短刀の手入れなどしている長い間、少年はじっと目をつぶっていた。

「僕は養子に行ったほうがいいんだ」やっぱり眠ってはいなかったのか、少年はそんなことを呟いた。「〈ハートレス〉の子どもなんて、誰も欲しくないんだから」
「グウィナ卿やハダルク卿がそう言ったのか?」
「言いやしないけど、そう思うにきまってる。……父上も母上もナイメリオンがいればいいんだ。あいつは竜騎手(ライダー)で、おまけに王太子殿下なんだから」
「ふーん」フィルは気のない返事をした。小さな木片を削って、擬似餌などこしらえている。
 あいかわらず、つかみどころのない男だ。少年はいらだたしくなった。
 少年、つまりトレバリカ家のヴィクトリオンは、薄目を開けて隣の男を観察した。長衣(ルクヴァ)はめったに身につけることはなく、髪も短いし、ちっとも大貴族らしくない。この年上の従兄にはさまざまな二つ名があって、もっと小さかったころはそれがすごく格好よく思えたものだった。〈剣聖〉。〈ウルムノキアの救世主(セイヴィア)〉。〈白竜王の護り手(キングスガード)〉。それに、〈竜殺し(スレイヤー)〉。もう一人の従兄だってすごく格好いい。なにしろこの国の王なのだ。それに、ナイムと同じように自分のことをかわいがってくれている。
 でも、少し成長して自分が〈ハートレス〉だとわかってからは、ヴィクはこの従兄の家に行くことが多くなった。父やデイミオンが、弟の竜騎手(ライダー)としての訓練をしているところを見るのがつらくなったのだ。
 ヴィクは愚痴をつづけた。
「……なんなら、あんたのとこの子どもになってもいいよ。スターバウ家は父上の家より格上だし」
「俺はこんな根性なしを子どもにするのか?」フィルバートはあきれたように言った。
「なんだよ。あんただって養子だろ?」
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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