10-1.あなたを信じてる ④

文字数 1,017文字

 次に落ちていくのはリアナの番だった。
 幻影の剣は消え、〈竜の心臓〉は体内に戻ったはずなのに、やはりフィルのように力を使うことができない。あの光の強さが力の強さに比例していたのだろうか?

 もしも〈竜の心臓〉の起動に失敗したら、地面に激突して死ぬ。もし墜落しなくても、アーダルの炎に焼かれて死ぬのだ。頭から落ちていくから眼下も見えず、恐怖が落下の速度をより早く感じさせた。
 
 燃えさかる炎は、火山の火口に似ていた。人智を超えた神の怒りのように、めまぐるしく形を変えながら空気を消費しつくしていく。その中心にデイがいた。

「デイミオン!」リアナは叫んだ。「デイミオン!」

 水の中に飛びこむときのように、思いきり息を吸って、止めた。
 〈竜の心臓〉を起動し、ヒトの心臓を止める。
 掬星城でモンスターのような扱いを受けて軟禁されていたとき、自分は無意識にそのような状態になっていたと明かされた。だから、それを意志の力で起こすことも、できなくはないと思った。
 だが、思ったようにはいかなかった。
 よく知っている感覚のはずなのに、掴めそうでどうしても手が届かない。落下はさっきよりも、さらに速く感じる。爆風がわきあがり、風圧で身体が大きく持ちあがって別の方向へ飛ばされた。視界が反転し、どちらが天地かわからなくなる。
(だめ、ぶつかってしまう――)

 絶望にかられたそのとき、風の方向が見えた。風の流れが、まるでタンポポの綿毛が群れになって飛んで行くように、はっきりと。
(『白竜のライダーは、かつて、〈流れを追うもの(フローチェイサー)〉と呼ばれていた』)
 誰かの言葉を、いま思いだした。
(見えた!)
 もう、あと一歩でとどく。
 それは、剣の形をしている。
(〈竜の心臓〉! 動いて!)
 どくん。鼓動を感じた。脈動とともに恐怖が消え、リアナはロウソクを吹き消すように心臓の動きを止めた。死が、すぐ手の届くところにあらわれた。暗闇で開く第三の目のように。
 あのときと同じだ。イオに張りつけにされて、激痛と熱でもう死ぬのだと思ったとき、それが起こったのだった。

(死は終わりではない。それは水面をくぐり抜けるようなもの)
 深く年老いた声がどこかで響く。
 


 死の間際の自分が、赤ん坊の自分が、ありとあらゆる層の自分が告げていた。すべての目が自分を見ていた。
(それは、手袋をひっくり返すようなものだよ、わが子よ)
 マリウスの声が最後に響き――
 
 そして、〈()ばい〉の道が(ひら)かれた。


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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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