アンコール すべてハートと君のため ⑥
文字数 1,269文字
「陛下。そろそろ出立のご準備を」見知った顔の侍女が、王を呼びに来た。「猊下もご一緒でしたか」
「えーと君は、たしか陛下の……心臓を共有する?」
「ミヤミです、猊下。今は〈パートナー〉と呼んでいます」
侍女は飛竜に鞍袋を積みながら言った。
「そうなんだ」ファニーは笑顔になった。「でも、なんだか意外だね。デイミオンと君の組みあわせ。……だってほら、女性だとリアナが嫌がりそうだろ?」
「ああ。このあいだも小一時間問いつめられた」デイミオンがこぼした。
自分は国王である夫のほかにオンブリア一の剣豪を〈パートナー〉として確保しておきながら、リアナには意外と心の狭いところがあるのだ。それを知っているので、ファニーは面白かった。
「仕方がなかったんだ」デイミオンが嘆息した。
「テオもケブも売約済みだというし、王として強要するのは気が進まんしな。そしたらこいつがびーびー泣きながら来るし……」
ナツメヤシの枝で指さすと、ミヤミが「泣いてなどいません」と憮然として言った。
「あれは汗と鼻水です。感冒と花粉症です」
「嘘をつけ」王はあきれた顔をした。
「しかも、断ったら『それでは陛下には男色家という不名誉な評判が流れることになります』とか言って脅してきただろうが」
「あはは!」ファニーはあまりのことに耐えかね、腹を折って笑った。仮にも恐怖の黒竜大公として知られた男を脅すとは。
「そういう脅しじゃ、デイミオンは痛くもかゆくもないだろうねぇ」
デイミオンはうんざりした表情を浮かべた。「だが、なんというかもう、かわいそうになってな。どのみち誰かと契約する必要はあるんだし」
「……彼のほうの事情はわかったけど。それにしても、君のほうはどうしてデイミオンが良かったの?」
ファニーが尋ねると、ミヤミは勢いこんで答えた。
「だって! デイミオン王は濡れ落ち葉のようにリアナ陛下にくっついてるし、リアナ陛下のおそばにいると、フィルバート卿がよってくるんですよ! 灯火に飛びこむ羽虫のごとく!」
「おまえな……」
仮にも王と王妃と一国の英雄に向かって、なんたる言い草だろうか。なんとか言葉遣いを直させないと、とも思うが、ファニーはやっぱりひとごとなので、笑いのほうが先に立ってしまった。
「まあいいさ、あの浮草をせいぜいしっかり繋ぎとめてくれ。おまえじゃ役者不足な気もするが……」
デイミオンは肩をすくめ、鐙に足をかけた。美しいエメラルドグリーンの飛竜バシルは、のそりと立ちあがって、飛行準備のために脚を曲げのばした。古竜に比べれば小さいが、それでも鞍上の王は見あげる高さだ。ファニーは首をのばした。
「デイミオン!」入り口のほうから、少年の声がした。ぱたぱたと軽い足音も。
王太子ナイメリオンが走って来て叫んだ。「また行っちゃうの? 今度はどこに行くの?」
「殿下、そんなに走っては転びますよ」
追いかけてきたハダルクが苦笑している。
その言葉を聞いた王は、すでに竜を走らせはじめていた。とっとっと跳ねるように動かす飛竜の背からふりかえって、行き先を告げた。
「妻に会いに行くんだ」
「えーと君は、たしか陛下の……心臓を共有する?」
「ミヤミです、猊下。今は〈パートナー〉と呼んでいます」
侍女は飛竜に鞍袋を積みながら言った。
「そうなんだ」ファニーは笑顔になった。「でも、なんだか意外だね。デイミオンと君の組みあわせ。……だってほら、女性だとリアナが嫌がりそうだろ?」
「ああ。このあいだも小一時間問いつめられた」デイミオンがこぼした。
自分は国王である夫のほかにオンブリア一の剣豪を〈パートナー〉として確保しておきながら、リアナには意外と心の狭いところがあるのだ。それを知っているので、ファニーは面白かった。
「仕方がなかったんだ」デイミオンが嘆息した。
「テオもケブも売約済みだというし、王として強要するのは気が進まんしな。そしたらこいつがびーびー泣きながら来るし……」
ナツメヤシの枝で指さすと、ミヤミが「泣いてなどいません」と憮然として言った。
「あれは汗と鼻水です。感冒と花粉症です」
「嘘をつけ」王はあきれた顔をした。
「しかも、断ったら『それでは陛下には男色家という不名誉な評判が流れることになります』とか言って脅してきただろうが」
「あはは!」ファニーはあまりのことに耐えかね、腹を折って笑った。仮にも恐怖の黒竜大公として知られた男を脅すとは。
「そういう脅しじゃ、デイミオンは痛くもかゆくもないだろうねぇ」
デイミオンはうんざりした表情を浮かべた。「だが、なんというかもう、かわいそうになってな。どのみち誰かと契約する必要はあるんだし」
「……彼のほうの事情はわかったけど。それにしても、君のほうはどうしてデイミオンが良かったの?」
ファニーが尋ねると、ミヤミは勢いこんで答えた。
「だって! デイミオン王は濡れ落ち葉のようにリアナ陛下にくっついてるし、リアナ陛下のおそばにいると、フィルバート卿がよってくるんですよ! 灯火に飛びこむ羽虫のごとく!」
「おまえな……」
仮にも王と王妃と一国の英雄に向かって、なんたる言い草だろうか。なんとか言葉遣いを直させないと、とも思うが、ファニーはやっぱりひとごとなので、笑いのほうが先に立ってしまった。
「まあいいさ、あの浮草をせいぜいしっかり繋ぎとめてくれ。おまえじゃ役者不足な気もするが……」
デイミオンは肩をすくめ、鐙に足をかけた。美しいエメラルドグリーンの飛竜バシルは、のそりと立ちあがって、飛行準備のために脚を曲げのばした。古竜に比べれば小さいが、それでも鞍上の王は見あげる高さだ。ファニーは首をのばした。
「デイミオン!」入り口のほうから、少年の声がした。ぱたぱたと軽い足音も。
王太子ナイメリオンが走って来て叫んだ。「また行っちゃうの? 今度はどこに行くの?」
「殿下、そんなに走っては転びますよ」
追いかけてきたハダルクが苦笑している。
その言葉を聞いた王は、すでに竜を走らせはじめていた。とっとっと跳ねるように動かす飛竜の背からふりかえって、行き先を告げた。
「妻に会いに行くんだ」