10-2. 竜に乗る者 ①

文字数 1,195文字

 ようやく入城したはずの場所から、ファニーたちはあわてて出ていくことになった。国一番のお尋ね者といってよい人物を連れて通路を急いでいるのだが、幸か不幸か城内は混乱していて、彼らの脱出を気にかける者はいないようだった。

「飛行船の位置は? 飛竜で近づける? 降下位置で待つほうが確実? 僕走るの遅くない?」
 いそがしい頭のなかをそのまま声に出したような少年に、男のか細い声が答えた。「船は落ちつつあるが、白竜に守られて城のやや西側に降りるだろう。王たちはすでに脱出している……飛竜で追ってくれ」
「申し訳ありません、ファニー様、少々遅いです!」セラベスが走りながら律義に答えた。「命令系統の〈()ばい〉は混乱しています。エサル公ではなく、黒竜部隊に直接対応願うほうが早いかも」

「デーグルモールの頭領を背負(しょ)って、安全な城から戦場に飛びだすなんて、俺の人生もいよいよ狂気じみてきたな」
 テオはぼやいたが、それでも言葉どおりにダンダリオンを背負って、誰よりも早く出口までの道を走っていく。

                 ♢♦♢
 
 二人は炎のなかにいる。

「本当におまえなのか?」
 胸のなかから見あげたデイミオンの瞳は、飴のような金色だった。「ずっと、〈()ばい〉が聞こえなかった。継承権がナイムに移って――おまえを失ったと思ったんだ」
「それが原因なの? アーダルの暴走は……」
 リアナは周囲を見まわした。
 火柱があがり、熱のせいで周囲が歪んで見える。デイミオンのそばにいなければ、一瞬で焼け死んでいるだろうほどの高温のはずだ。
 ようやくもどってきた感覚の(グリッド)のなかでは、アーダルの咆哮にほかの黒竜たちが追随して、その反響がさらにライダーたちを混乱させているようだった。

 ニザランで〈竜の心臓〉を取りだすというときから、リアナがもっとも心配していたことが起こってしまった。デイミオンの本質は群れのリーダー(アルファメイル)そのものだ。自信と力に満ちて庇護的で、自分に襲いかかる苦難には強いが、愛する者を(うしな)うことには耐えられない。
「お願い、アーダルを止めて。このままでは、あなたは〈老竜山〉を焼き尽くしてしまう。人間の軍隊ごと……」
「できないんだ」
 デイミオンが苦しげに首を振った。「制御できない。アーダル自身が我を失っているんだと思う。〈()ばい〉に反応しないんだ」
「反応しない……」
 アエンナガルで見た、ナイルとシーリアの姿を思い出した。白竜シーリアの暴走は、主人であるメドロートを(うしな)った彼女と、後継者ナイルの怒りと絶望が相互に増幅しあって起きているように見えた。今回も、起きたこととしては似ているように思える。
(でも、それなら、もう暴走は止まっているはず。わたしは生きているんだから……)

「どうしたら……」
 二人はアーダルを見上げた。まるで、咆哮しながら動く城のようだ。黒い影のなかで、目だけが月のようにらんらんと輝いている。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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