10-4. 即位式、そして…… ④

文字数 1,123文字

「陛下」
 人目を引く、燃えるような赤毛と竜族風の黒いドレス。五公の一人グウィナ卿は、黒竜の主人としての威厳と優美さを完璧に同居させていた。彼女は優しくリアナを抱擁すると、「なんてきれいなの。甥は幸せ者ですわ」と言った。
「ありがとうございます、グウィナ卿」
 リアナの返答は少しばかり形式的なものになってしまった。この愛情深い女性が、デイミオン同様にフィルバートを大切に思っていることを知っているからだった。
 そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、グウィナはそっとささやいた。
「アエディクラにいるもう一人の甥から、祝福の手紙を預かっています」

 リアナははっと顔をあげた。
「彼は……フィルは何て?」
 グウィナは、どこかフィルバートに似た、胸が締めつけられるほどやさしい微笑みを浮かべた。「『この地上のどこにあっても、あなたに幸多からんことを願う』」
「……フィル……どうして?……」
 リアナは手紙に目を落とし、ひとり呟いた。
 あんなに子どもっぽくいがみあっていたのに、それすら結局はポーズで、二人は相変わらずリアナのために協力していて、フィルはやっぱり自分を犠牲にして彼女の人生を守っていて、遠くから幸せを願うなんてきれいごとを言う。それがどうにも歯がゆかった。
 そして、これから先の長い十年のあいだ、リアナはほとんどフィルに会うことができなくなる。そのことに、自分でも驚くほど打ちのめされていた。

「リアナ」
 しめっぽい気分を破ったのは、デイミオンだった。貴族たちに挨拶をしてまわっていたはずなのに、いつの間に戻ったのか、背後からそっと腕をまわされた。「……少し出よう」
「でも……」
「挨拶も食事も済んだ。もう十分だ」

  ♢♦♢

 崖にへばりつくカサガイのような掬星(きくせい)城の、そのわずかな中庭に、早咲きのリラが満開になっていた。灰色とラベンダーの混じる夕暮れの、もやのかかったような薄暮の光のなかで、重い房をなして小さな花があふれている。デイミオンが彼女を抱えて歩いていくと、しっとりと香る花房が頬をくすぐった。背後の窓以外はどこを見ても空に面して、はるか眼下にタマリスの街が一望できる。
「どうしていつも抱いて運んでいくの?」リアナは聞いた。「一人で歩いていけるのに」
「羽毛をつけた幼竜(ヒナ)みたいにおとなしく俺の後をついてくるなら、そうしてやってもいいがな。……あちこちに飛びだしていかれるのは困る」
 軽口を言いあいながら移動し、デイミオンは彼女をリラの木のすぐ脇にある露台(バルコニー)の手すりに下ろした。美しい場所で、タマリスの夕暮れを眺めながら中庭の光景も楽しめる。ただデイミオンはずっと彼女を腕に囲ったままで、それはいま、リアナが竜の力を持たない〈ハートレス〉だからだった。
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登場人物紹介

リアナ・ゼンデン

本作の主人公。竜騎手(ライダー)にあこがれる平凡な田舎少女だったが、竜たちの王となる運命が待っていた。

すなおで活発、売られたケンカは買うタイプ。

養父の教育もあり、なかなかの政治手腕を見せることも。

デイミオン・エクハリトス(デイ)

フィルに続き里にリアナを迎えに来た竜騎手。彼女の次の王位継承権を持つ。

王国随一の黒竜アーダルの主人(ライダー)。

高慢な野心家で、王位をめぐってリアナと衝突するが……。

群れを率いるアルファメイルで、誇り高く愛情深い男でもある。

フィルバート・スターバウ(フィル)

襲撃された里からリアナを救いだした、オンブリアの元軍人。彼女をつねに守るひそかな誓いを立てている。

ふだんは人あたりよく温厚だが、じつは〈竜殺し〉〈剣聖〉などの二つ名をもつ戦時の英雄。

リアナに対しては過保護なほど甘いものの、秘密をあかさないミステリアスな一面ももつ。

レーデルル(ルル)

リアナが雛から育てた古竜の子ども。竜種は白で、天候を操作する能力をもつ。

グウィナ卿

五公(王国の重要貴族)の一員で、黒竜のライダー。私生活ではデイ・フィルの愛情深い叔母、二児の母。

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