6-1. アエンナガル ②
文字数 4,462文字
「小さな里の、街道近くの墓地に棄てられていたらしい」
治療用の洞窟は、アエンナガルでもっとも奥深くにある。再生中の死者の前に立って、王は息子に説明をしだした。
「正確には、土中に埋められて火を点 けられたあと放置されていた。が、誰も見張るものがいなかったのだろう、火は自然に消えて、この者は地下から這い出してきたのだ。ほかにも二名ほどが蘇生しつつある」
死者は、蚕の繭のように、ふっくらと冷たく静かに眠っている。
「
だが、ダンダリオンは首を振った。
「一人が蘇り、あとの者を襲う。そうすると、なかには自然に半死化するものが出てくる」
「そういうケースもあるのか……」イオは感嘆した。
「そうだ。初期にはそういう者が多かった。私もそうだが」
「えっ……」
思ってもみない事実に、イオは言葉を失った。「
王はかすかにうなずく。
「竜騎手 だった頃、王の命令でよく僻地の任務に出ていた。そこで流行 り病にかかって死んだ。……親族たちが葬式を執 り行っていると、棺のなかから死んだはずの私が立ちあがり、周囲にいるものたちを襲いはじめた。私が殺した親族たちのなかで、ニエミとライオスとおまえが再生した。不死者として」
イオはおし黙り、目の前の死者に目を落とした。
かつては今よりもずっと同胞 が多かった。その理由が、わかってみれば単純なことだったのに驚いている。見かけよりもはるかに長い年月を生きてはいるが、イオはあまり自分の来歴に興味を持ってこなかった。なんとなく、自分たちは選ばれた一族なのだと思っていた。ケガや病で死なず、長命な竜族よりもさらに長くを生きることができるのだから。
「ガエネイスの命で、混血の子どもをさらったとき……ケイエで、あの白竜の王と対峙した。話したでしょう? あのとき、白竜の王は〈霜の火〉を使ったんだ。〈生命の紋〉が身体中に浮き出ていた。顔にも」
「断定はできんな」ダンダリオンは首をふった。
「竜族の身体は、病に抵抗するためにさまざまな機能が備わっている。〈生命の紋〉もそのひとつだ。白竜の王は、単に病で死にかけているのかもしれん」
「だけど、〈霜の火〉は――」
ダンダリオンは、ふと息子に顔を向けた。「白竜の王といったな。エリサの子か?」
イオがその質問に答えようとしていると、ふいに、二人の背後から男の声がした。
「興味深いお話です」
「キャンピオン」イオが憎々しげに呟く。
アエディクラ軍のクリーム色の軍服を着た男が近づいてくる。無精に伸びた髪と髭を、銀やら青やらで染めわけており、顔立ちも奇妙に個性的な男だ。
「続きをもう少しうかがっても?」
「いや、ここまでにしておこう」ダンダリオンは静かに言った。「ご用件は何かな、キャンピオン殿? ごらんのとおり、同胞の治療中なのだが」
「申し訳ありません」キャンピオンと呼ばれた男は軽く頭を下げた。「ですが、ぜひダンダリオン様のお力をお借りしたいことがありまして。閣下の、というか、閣下の竜の、ですが」
♢♦♢
かつて竜の巣があった場所の真下に、かなり開けた一画がある。アエンナガルの全体からすればほぼ中央に位置するが、陽が射すためにデーグルモールたちは足を踏み入れず、竜たちが日光浴をするのに使っている場所だった。今はその場所に、ガエネイスの部下たちが詰めている。暗い通路側から、明るい広間の下で立ちまわっている人間たちの姿が七、八人ほど見えた。仮天幕のなかで作業をしている人間も含めれば、常時十五人ほどが滞在している。ダンダリオンは息子に、日光を遮断する防護用の頭巾を渡して、自分も同じものをかぶった。首や腕も同様にすっかり覆ってから広間へと出る。
こんなところにやつらを招き入れるなんて、頭領はどうかしている、とイオは思った。
アエンナガルは、竜の国オンブリアを追放された元竜族である半死者 たちの安息の地として、人間の国家アエディクラから譲り受けたものだ。そういう意味で、借りがあるのは間違いない。だが、こうやって人間たちが土足で歩きまわっていい土地ではない。人間の血の匂いで、同胞たちは落ち着きをなくし、休息できずにいるのに違いない。さきほどの半死者の再生の失敗も、これが原因かもしれないではないか……。
「ここをお借りできて幸いでした。なにしろ、カンナルの研究所はすっかり破壊されてしまいまして。雷雲が起こり、嵐がやってきて一向に立ち去らない。建物はすべて吹き飛ばされ、研究員も死んで、貴重なデータが失われかねないところだった」
キャンピオンは大げさに身ぶり手ぶりをくわえた。
そうなってしまえばよかったのに、とイオは内心で毒づく。半死者とはいえ、デーグルモールは古竜を使役する竜の末裔だ。竜を研究対象にするなど、神を恐れぬ行為に思える。
「カンナルの付近は天候が混乱して、異常気象に見舞われています。本来なら夏の初めにはまとまった雨が降るのですが、すっかり干上がっていましてね。おそらく、白竜の力の反作用でしょうが。どれほどの影響があるのか兵士たちに調べさせていますが、正直、範囲が広すぎていくら人手があっても足りないというのが現状でして」
上機嫌にしゃべり続けるキャンピオンとは逆に、ダンダリオンは黙ったままだ。
「正直、ここまでの広範囲にわたる能力だとは考えていませんでした。やはり、いざ戦争、となってから古竜を倒すのは効率が悪すぎる。ケイエの隠れ里のような場所は、もっと潰しておく必要がありますね」
勝手なことを。
竜族の選民思想は鼻につくが、人間の身勝手さもそれに劣らない。イオは嫌悪感をあらわにしたまま、彼らのあとをついていく。仮面 についたゴーグルごしに、上空で不穏に渦を巻く灰色の雲が見えた。目線を下げると、ひときわ厳重に警備されたひとつの天幕がある。
イオはイーゼンテルレに行っていたため、捕縛の任務には参加しておらず、『彼ら』を見るのはそれがはじめてだった。
雌の白竜は満身創痍だった。白く、あるいは虹色に輝く鱗は、泥と砂と血でもはや元の色もわからないほど汚れていた。肩と胴にそれぞれ一か所大きな傷口があり、手当された布の上にもさらに血がにじんでいる。それよりも小さな傷は数えきれないほどだ。疲弊しきっているのか、薬で眠らされているのか、目を閉じ、ほとんど身じろぎもしなかった。
ダンダリオンは防御用の籠手がはまった手で白竜に触れたが、頭巾のせいで表情は読み取れない。キャンピオンは話し続けた。
「ええ、ええ、我々としてもこのように眠らせておくのはまったく本意ではないのですよ。これほどの古竜を使ってデータを集められる機会はまずないでしょう」ここで、声をわずかにひそめる。「……ただ、例の〈呼 ばい〉の問題もありますからね。彼らがいったいどのようにして、これほど遠隔地の交信を可能にしているのかはわかりませんし、それ自体非常に興味深い生物学的特性ですが、ここを彼らに知られるのは避けたいですし」
本当にその気持ちがあるのか疑わしいがな、とイオは思った。
「じつは、お願いしたいことというのは、この白竜を閣下の黒竜でまた移動してもらえないかということで……」
ダンダリオンはゆっくりと振りかえった。
「それはできない」
「むろん、協力に対する報酬として、アエンナガルに代わる新たな要塞の提供なども可能です。お約束のものにもっと上乗せすることも――」
「報酬の問題ではない。気に入らないのは料理の味つけではなく、料理そのものだ」
「と、いいますと――」
「第一に、この古竜が流した血が多すぎて、シュノーを興奮させすぎる恐れがある。繁殖期で気が立っているので、それは避けたい。第二に、この古竜は弱りすぎていて、もう一度の大掛かりな運搬に耐えられるとは思えない」
「そうですか……」キャンピオンは目に見えてしゅんとした。「では、実験はここで続けるしかありませんね」
「実験は中止だ」ダンダリオンが言った。決して大声というわけでもなく、よく通る低音でもなかったが、彼が発した言葉はその場を葬式のように静まりかえらせる効果があった。
「もともと、一時的な措置ということで承諾したはずだ。
……古竜とメドロート公が目ざめれば、オンブリアに彼らの居場所が明らかになるのは時間の問題だ。そうなれば、オンブリアの軍隊がここをめがけて襲撃にくるだろう」
父の言葉に、イオは背中が冷えるのを感じた。戦争兵器としての古竜と、機動力としての飛竜。オンブリアはそのどちらも兼ね備えた大陸最強の軍隊を持っている。王そのものでさえ、古竜を従えた兵器なのだ。さらに、五公と呼ばれる領主貴族たちの多くが自身の古竜をもち、それぞれに異なった神々のごとき力を持っている。
そして、オンブリアの〈黒竜大公〉、即位したばかりの若く頼りない王を庇護する王太子デイミオン。竜騎手の長であり、自身の母親をはじめとした王たちを補佐する役目も歴任し、〈摂政王子〉の異名を持つ。
古竜はシュノーと同じ黒竜だが、体格も能力も性質も、すべてにおいて彼らの竜を上回る、おそらく大陸最強のアルファメイルだ。すなわち、大陸でもっとも強大な戦争兵器ということになる。
イオと同じことを考えたらしく、キャンピオンも肝が冷えた顔をしている。
「ですが、これだけの実験を中止するには、とても権限が――我々だけでは――」
「王のもとへ戻れ」仮面のせいで、くぐもった声が言う。
「白竜と北の大公は眠らせておくがいい。意識がなければ、〈呼 ばい〉は届かない。面倒は私が見よう。……では失礼する」
踵をかえそうとした頭領に、キャンピオンが叫んだ。
「お、お待ちください、閣下! せめて、新兵器の耐久実験だけでも。王の命令なのですよ! あなたがたには義務が――」
研究者は言いかけて息をのんだ。ダンダリオンが彼のほうを向き、頭巾を外したのだ。陽光が彼の肌を刺し、しゅうしゅうとかすかな蒸気をあげていた。見る間に、白い顔を覆いつくす〈生命の紋〉があらわれる。
「……なんということだ……」ため息が漏れた。「皮膚が灼けていない。これは……〈霜の火〉の力か……?」
やはりそれを掴んでいたか、とイオは思った。〈生命の紋〉も〈霜の火〉も、本来は、日光に対して極度に過敏になった死者の皮膚を守るための仕組みなのだ。
王の金髪が蒸気に揺らいでいた。白目は血走り、虹彩は黒い樹枝にうずもれた緑の若芽のようにらんらんと輝いて、人ならぬ形相となりつつある。〈生命の紋〉は文字通り命そのもののように、蔓と根を伸ばし、渦を巻き、幹を太らせながら、王の肌の上でゆらめいている。
「不死者の王に命令できる人間の王はどこにもいない。竜族の王もだ」
声は地獄の底のように響いた。
治療用の洞窟は、アエンナガルでもっとも奥深くにある。再生中の死者の前に立って、王は息子に説明をしだした。
「正確には、土中に埋められて火を
死者は、蚕の繭のように、ふっくらと冷たく静かに眠っている。
「
その里に、ほかにも不死者が
?」イオが不審げに繰り返した。この変化は、一般には孤発性だとイオは考えていた。仮に疫病などで多くの竜族が死んでも、デーグルモールとして再生するものは一度に一人だと。だが、ダンダリオンは首を振った。
「一人が蘇り、あとの者を襲う。そうすると、なかには自然に半死化するものが出てくる」
「そういうケースもあるのか……」イオは感嘆した。
「そうだ。初期にはそういう者が多かった。私もそうだが」
「えっ……」
思ってもみない事実に、イオは言葉を失った。「
父さんが
?」王はかすかにうなずく。
「
イオはおし黙り、目の前の死者に目を落とした。
かつては今よりもずっと
「ガエネイスの命で、混血の子どもをさらったとき……ケイエで、あの白竜の王と対峙した。話したでしょう? あのとき、白竜の王は〈霜の火〉を使ったんだ。〈生命の紋〉が身体中に浮き出ていた。顔にも」
「断定はできんな」ダンダリオンは首をふった。
「竜族の身体は、病に抵抗するためにさまざまな機能が備わっている。〈生命の紋〉もそのひとつだ。白竜の王は、単に病で死にかけているのかもしれん」
「だけど、〈霜の火〉は――」
ダンダリオンは、ふと息子に顔を向けた。「白竜の王といったな。エリサの子か?」
イオがその質問に答えようとしていると、ふいに、二人の背後から男の声がした。
「興味深いお話です」
「キャンピオン」イオが憎々しげに呟く。
アエディクラ軍のクリーム色の軍服を着た男が近づいてくる。無精に伸びた髪と髭を、銀やら青やらで染めわけており、顔立ちも奇妙に個性的な男だ。
「続きをもう少しうかがっても?」
「いや、ここまでにしておこう」ダンダリオンは静かに言った。「ご用件は何かな、キャンピオン殿? ごらんのとおり、同胞の治療中なのだが」
「申し訳ありません」キャンピオンと呼ばれた男は軽く頭を下げた。「ですが、ぜひダンダリオン様のお力をお借りしたいことがありまして。閣下の、というか、閣下の竜の、ですが」
♢♦♢
かつて竜の巣があった場所の真下に、かなり開けた一画がある。アエンナガルの全体からすればほぼ中央に位置するが、陽が射すためにデーグルモールたちは足を踏み入れず、竜たちが日光浴をするのに使っている場所だった。今はその場所に、ガエネイスの部下たちが詰めている。暗い通路側から、明るい広間の下で立ちまわっている人間たちの姿が七、八人ほど見えた。仮天幕のなかで作業をしている人間も含めれば、常時十五人ほどが滞在している。ダンダリオンは息子に、日光を遮断する防護用の頭巾を渡して、自分も同じものをかぶった。首や腕も同様にすっかり覆ってから広間へと出る。
こんなところにやつらを招き入れるなんて、頭領はどうかしている、とイオは思った。
アエンナガルは、竜の国オンブリアを追放された元竜族である
「ここをお借りできて幸いでした。なにしろ、カンナルの研究所はすっかり破壊されてしまいまして。雷雲が起こり、嵐がやってきて一向に立ち去らない。建物はすべて吹き飛ばされ、研究員も死んで、貴重なデータが失われかねないところだった」
キャンピオンは大げさに身ぶり手ぶりをくわえた。
そうなってしまえばよかったのに、とイオは内心で毒づく。半死者とはいえ、デーグルモールは古竜を使役する竜の末裔だ。竜を研究対象にするなど、神を恐れぬ行為に思える。
「カンナルの付近は天候が混乱して、異常気象に見舞われています。本来なら夏の初めにはまとまった雨が降るのですが、すっかり干上がっていましてね。おそらく、白竜の力の反作用でしょうが。どれほどの影響があるのか兵士たちに調べさせていますが、正直、範囲が広すぎていくら人手があっても足りないというのが現状でして」
上機嫌にしゃべり続けるキャンピオンとは逆に、ダンダリオンは黙ったままだ。
「正直、ここまでの広範囲にわたる能力だとは考えていませんでした。やはり、いざ戦争、となってから古竜を倒すのは効率が悪すぎる。ケイエの隠れ里のような場所は、もっと潰しておく必要がありますね」
勝手なことを。
竜族の選民思想は鼻につくが、人間の身勝手さもそれに劣らない。イオは嫌悪感をあらわにしたまま、彼らのあとをついていく。
イオはイーゼンテルレに行っていたため、捕縛の任務には参加しておらず、『彼ら』を見るのはそれがはじめてだった。
雌の白竜は満身創痍だった。白く、あるいは虹色に輝く鱗は、泥と砂と血でもはや元の色もわからないほど汚れていた。肩と胴にそれぞれ一か所大きな傷口があり、手当された布の上にもさらに血がにじんでいる。それよりも小さな傷は数えきれないほどだ。疲弊しきっているのか、薬で眠らされているのか、目を閉じ、ほとんど身じろぎもしなかった。
ダンダリオンは防御用の籠手がはまった手で白竜に触れたが、頭巾のせいで表情は読み取れない。キャンピオンは話し続けた。
「ええ、ええ、我々としてもこのように眠らせておくのはまったく本意ではないのですよ。これほどの古竜を使ってデータを集められる機会はまずないでしょう」ここで、声をわずかにひそめる。「……ただ、例の〈
本当にその気持ちがあるのか疑わしいがな、とイオは思った。
「じつは、お願いしたいことというのは、この白竜を閣下の黒竜でまた移動してもらえないかということで……」
ダンダリオンはゆっくりと振りかえった。
「それはできない」
「むろん、協力に対する報酬として、アエンナガルに代わる新たな要塞の提供なども可能です。お約束のものにもっと上乗せすることも――」
「報酬の問題ではない。気に入らないのは料理の味つけではなく、料理そのものだ」
「と、いいますと――」
「第一に、この古竜が流した血が多すぎて、シュノーを興奮させすぎる恐れがある。繁殖期で気が立っているので、それは避けたい。第二に、この古竜は弱りすぎていて、もう一度の大掛かりな運搬に耐えられるとは思えない」
「そうですか……」キャンピオンは目に見えてしゅんとした。「では、実験はここで続けるしかありませんね」
「実験は中止だ」ダンダリオンが言った。決して大声というわけでもなく、よく通る低音でもなかったが、彼が発した言葉はその場を葬式のように静まりかえらせる効果があった。
「もともと、一時的な措置ということで承諾したはずだ。
……古竜とメドロート公が目ざめれば、オンブリアに彼らの居場所が明らかになるのは時間の問題だ。そうなれば、オンブリアの軍隊がここをめがけて襲撃にくるだろう」
父の言葉に、イオは背中が冷えるのを感じた。戦争兵器としての古竜と、機動力としての飛竜。オンブリアはそのどちらも兼ね備えた大陸最強の軍隊を持っている。王そのものでさえ、古竜を従えた兵器なのだ。さらに、五公と呼ばれる領主貴族たちの多くが自身の古竜をもち、それぞれに異なった神々のごとき力を持っている。
そして、オンブリアの〈黒竜大公〉、即位したばかりの若く頼りない王を庇護する王太子デイミオン。竜騎手の長であり、自身の母親をはじめとした王たちを補佐する役目も歴任し、〈摂政王子〉の異名を持つ。
古竜はシュノーと同じ黒竜だが、体格も能力も性質も、すべてにおいて彼らの竜を上回る、おそらく大陸最強のアルファメイルだ。すなわち、大陸でもっとも強大な戦争兵器ということになる。
イオと同じことを考えたらしく、キャンピオンも肝が冷えた顔をしている。
「ですが、これだけの実験を中止するには、とても権限が――我々だけでは――」
「王のもとへ戻れ」仮面のせいで、くぐもった声が言う。
「白竜と北の大公は眠らせておくがいい。意識がなければ、〈
踵をかえそうとした頭領に、キャンピオンが叫んだ。
「お、お待ちください、閣下! せめて、新兵器の耐久実験だけでも。王の命令なのですよ! あなたがたには義務が――」
研究者は言いかけて息をのんだ。ダンダリオンが彼のほうを向き、頭巾を外したのだ。陽光が彼の肌を刺し、しゅうしゅうとかすかな蒸気をあげていた。見る間に、白い顔を覆いつくす〈生命の紋〉があらわれる。
「……なんということだ……」ため息が漏れた。「皮膚が灼けていない。これは……〈霜の火〉の力か……?」
やはりそれを掴んでいたか、とイオは思った。〈生命の紋〉も〈霜の火〉も、本来は、日光に対して極度に過敏になった死者の皮膚を守るための仕組みなのだ。
王の金髪が蒸気に揺らいでいた。白目は血走り、虹彩は黒い樹枝にうずもれた緑の若芽のようにらんらんと輝いて、人ならぬ形相となりつつある。〈生命の紋〉は文字通り命そのもののように、蔓と根を伸ばし、渦を巻き、幹を太らせながら、王の肌の上でゆらめいている。
「不死者の王に命令できる人間の王はどこにもいない。竜族の王もだ」
声は地獄の底のように響いた。