5-5. 試される王 ②
文字数 1,562文字
リアナは神官の影から、部屋のなかを覗いた。
思ったより広くはない。儀式の間というより、応接にでも使われそうな、ごく普通の小部屋に見える。護衛の竜騎手 たちが全員入ると狭いだろうなと思わせるくらいの広さだ。調度品はなにも置かれていないが、四隅のひとつにだけ、小さな台のようなものがしつらえてあった。飾り気はなく、長方形の石を、大人の胸の位置あたりで袈裟懸 けに鋭利に斬りおとしたようにみえる。宣誓に使う台だろうか。
だが、それよりも。
「水浸しね」
リアナが口にした通り、部屋のなかはくるぶしまで浸かるかというほどの水で覆われていた。
「どういうことだ!?」
疑いもせずに足を踏み入れたテヌーが慌てて足をあげ、背後の神官に怒鳴りつけた。「早く、この水をなんとかしろ! モップでもなんでも持ってこい!」
「雨漏りかしら?」リアナがのんびりと言った。田舎育ちなので、地面が水浸しになるくらいで驚いたりはしないのだ。「大理石って、きれいだけど、水はけが悪いのね」
「そんなはずはありません」副神官長がうなった。
「〈儀式の間〉は、今朝も確認したはずだぞ! そのときはこんな水は……」
「どこか別の部屋でやったら?」
「いえ……継承の儀は神聖な儀式ですから……すぐに準備をいたしますので。殿下と竜騎手の方々は、奥の間でお待ちください。いま、案内を」
まあ、この状態じゃ、儀式どころじゃないわね。
「殿下、あちらで待たせてもらいましょう。身体を冷やしてもいけませんし」と、ハダルクが彼女の背をそっと押した。
どうせ待たされるなら、書庫を見せてほしい。
リアナは案内役の神官にそう頼んだ。サラートから、御座所には建国からの歴史書がたくさん保管してあると聞いたからだ。あまりいい顔はされなかったが、不手際の負い目もあるのだろう、案内してくれることになった。
♢♦♢
「なんだか、御座所もばたついてるみたいね」
さっきの説明からして、副神官長もまた今の地位に就いて短いのではないか、とリアナは想像していた。フィルも同じ意見だ。
「あなたの即位にあわせて大神官も代替わりするそうですから、派閥も混乱しているのかもしれませんね」
リアナとフィルは、儀式の間を一時離れて、二人で書庫に向かっているところ。
なぜ竜騎手たちがいないのかと言えば、水浸しの床を乾かすために貸してくれ、と神殿側から頼まれたからだ。神官たちの多くは、青と黄のライダーもしくはコーラーで、それぞれ医術や占星術などに優れるが、黒竜のような炎を操る竜術は使えないということらしい。
案内の説明によれば、建物は大きな円形となっていて、中心部に祭儀場、外周部に宝物や史料を保管しているということだった。そのなかの西の一角に向かってリアナは歩いていく。明り取りの窓から中心部に向かって光が差し込み、祭壇のあたりは昼の明るさだが、カーブ上に配置された書架のあたりは薄暗かった。
「あっ……」
リアナが声をあげるより早く、仔竜が肩からぴょんと跳び下りて廊下を駆けていく。
「だめよ、ルル……迷っちゃうんだから」
リアナは小走りで追いかけた。見失うほど小さいわけではないが、こんないたずら仔竜を貴重な書庫で野放しにするわけにはいかない。
「待ちなさい!」
小さな背を急いで追う。尻尾を左右に揺らしてバランスを取りながら、ちょろちょろとすばしこく動くので油断ならない。「ルル!」
「やあ、珍しいお客さんが」
薄闇の書架から声がした。リアナは人影に近寄っていく。書架用の梯子 に腰かけて本を読んでいるような形の影だ。
「ごめんなさい、その仔竜、ちょっと捕まえてもらえますか」
すると、「よいしょ」とのんびりした声とともに、人影が立ちあがってレーデルルの腹を持ち上げた。
「元気な白竜だ。……きみの?」
思ったより広くはない。儀式の間というより、応接にでも使われそうな、ごく普通の小部屋に見える。護衛の
だが、それよりも。
「水浸しね」
リアナが口にした通り、部屋のなかはくるぶしまで浸かるかというほどの水で覆われていた。
「どういうことだ!?」
疑いもせずに足を踏み入れたテヌーが慌てて足をあげ、背後の神官に怒鳴りつけた。「早く、この水をなんとかしろ! モップでもなんでも持ってこい!」
「雨漏りかしら?」リアナがのんびりと言った。田舎育ちなので、地面が水浸しになるくらいで驚いたりはしないのだ。「大理石って、きれいだけど、水はけが悪いのね」
「そんなはずはありません」副神官長がうなった。
「〈儀式の間〉は、今朝も確認したはずだぞ! そのときはこんな水は……」
「どこか別の部屋でやったら?」
「いえ……継承の儀は神聖な儀式ですから……すぐに準備をいたしますので。殿下と竜騎手の方々は、奥の間でお待ちください。いま、案内を」
まあ、この状態じゃ、儀式どころじゃないわね。
「殿下、あちらで待たせてもらいましょう。身体を冷やしてもいけませんし」と、ハダルクが彼女の背をそっと押した。
どうせ待たされるなら、書庫を見せてほしい。
リアナは案内役の神官にそう頼んだ。サラートから、御座所には建国からの歴史書がたくさん保管してあると聞いたからだ。あまりいい顔はされなかったが、不手際の負い目もあるのだろう、案内してくれることになった。
♢♦♢
「なんだか、御座所もばたついてるみたいね」
さっきの説明からして、副神官長もまた今の地位に就いて短いのではないか、とリアナは想像していた。フィルも同じ意見だ。
「あなたの即位にあわせて大神官も代替わりするそうですから、派閥も混乱しているのかもしれませんね」
リアナとフィルは、儀式の間を一時離れて、二人で書庫に向かっているところ。
なぜ竜騎手たちがいないのかと言えば、水浸しの床を乾かすために貸してくれ、と神殿側から頼まれたからだ。神官たちの多くは、青と黄のライダーもしくはコーラーで、それぞれ医術や占星術などに優れるが、黒竜のような炎を操る竜術は使えないということらしい。
案内の説明によれば、建物は大きな円形となっていて、中心部に祭儀場、外周部に宝物や史料を保管しているということだった。そのなかの西の一角に向かってリアナは歩いていく。明り取りの窓から中心部に向かって光が差し込み、祭壇のあたりは昼の明るさだが、カーブ上に配置された書架のあたりは薄暗かった。
「あっ……」
リアナが声をあげるより早く、仔竜が肩からぴょんと跳び下りて廊下を駆けていく。
「だめよ、ルル……迷っちゃうんだから」
リアナは小走りで追いかけた。見失うほど小さいわけではないが、こんないたずら仔竜を貴重な書庫で野放しにするわけにはいかない。
「待ちなさい!」
小さな背を急いで追う。尻尾を左右に揺らしてバランスを取りながら、ちょろちょろとすばしこく動くので油断ならない。「ルル!」
「やあ、珍しいお客さんが」
薄闇の書架から声がした。リアナは人影に近寄っていく。書架用の
「ごめんなさい、その仔竜、ちょっと捕まえてもらえますか」
すると、「よいしょ」とのんびりした声とともに、人影が立ちあがってレーデルルの腹を持ち上げた。
「元気な白竜だ。……きみの?」